ライトノベルサバイバルファンタジー『流血女神伝』

kodamatsukimi2008-03-06



・今回も読書の話。
 ライトノベルと呼ばれているものを沢山読んだなかで
 もっとも面白かったのが、コバルト文庫の『流血女神伝』でした。
 いままで読んだ全ての小説のなかでもっとも良かったのが『若草物語』、
 好きな作家はハインライン星新一、というひとの言うことなので偏っていますが
 個人的既読済み完結済みライトノベルの、ベストワンはずばりこれです。ずばり。

・とはいえ中高生のころライトノベルを今のように読んでいたら
 やはりベストは西尾維新とか『Dクラッカーズ』だったりしたのかもしれませんが。 
 あと未完のものでは6年半ぶりに新作がこのほど出た『十二国記』がやはり対抗馬一番手。
 でもまた外伝だ。小野主上、お早めに完結を伏してお願い申し上げます。


・外伝も含めると全27巻。1冊ごとも薄くなくて開くと字で真っ黒。容量十分。
 振り返ると後半のテンポの重さがアンバランスでありまして
 最期にもう1度ルトヴィア編でまとめた方が良かったのでは、
 ガゼッタドゥームズデイブックは浮いてる気がするとか、
 子供のころの主人公の会話が達者すぎて年齢いくつだとか、
 海賊一味の扱いも中途半端なようなとか、
 海賊時代にそんなにいちゃつく描写があったかしらとか。
 全体の構成が、長いがゆえに気になってしまうところもあり。
 主要人物なのについにイラストがなかった方々にはなんといってよいか。
 少女小説として求められる燃えでなく萌え分の方向のズレが
 活字倶楽部の著者インタビューでも触れられていましたが、
 新作の『アンゲルゼ』読んでも思いましたが、実に微妙であります。

・しかししかしでもでも全然おもしろいです。
 筆力充分、厚いのに多作。主人公2人とも流血。それが特別なことではない。
 なんでもない会話も王としての演説も、当たり前に素晴らしいです。


・内容は、西欧風の国、東欧風の国、アラブ風の国の三大国が存在する大陸世界で
 最初猟師の主人公が、王子の身代わりになったり奴隷になったり小姓をした後
 海賊とかお妃になったりいろいろコスプレするお話。
 波瀾万丈一代記。帯の肩書きは「サバイバルファンタジー」。
 「恋気分いっぱいの夢(はあと)小説誌」というのがコバルトの売り文句ですので
 もちろん主人公は女性です。


・面白いのが、この3大国が風土と宗教を背景にした文化を持ち
 かつ理性的な政治家により運営されている国家であるところです。
 ファンタジーではありますが、魔法とかエルフとかはなし。
 文化編代的にも中世ながら近代直前でルネッサンス意識革命経た後で入りやすく
 主人公もアホだけれど馬鹿ではない。
 このあたりのさじ加減は実に重要なところで、良い按配でございます。

・大国同士がとにかく戦争している中、その混乱に巻き込まれたり成り上がったり
 伝説の英雄になったりしていくお話は
 ライトノベルでなくともたくさんありますけれども、
 そこに暮らしている人々による文化と、その方向性を決める信じる正義、宗教を
 きちんと描いている作品はライトノベルでなくとも、なかなかないものです。
 ゲームでいうと『タクティクスオウガ』や『ファイナルファンタジータクティクス』、
 などに見られたような、オトナ的な世界背景、というやつ。
 こういう題材は大好物なのであります。


・ただ戦争という舞台が必要なら、こういう背景設定、複雑な政治劇は不要です。
 『デルフィニア戦記』や『銀河英雄伝説』。
 こういう主人公特権全開のヒロイックファンタジー
 『皇国の守護者』や架空戦記ものにある軍事マニアなるこだわり。
 ただ単純に手に汗握る大活劇。正義は常に我が御旗の下にあり。
 主人公が正義かそれとも悪役なのか。
 それがはっきりしていることで成り立つお話ももちろん面白い。

・けれども、主人公以外のひとたち、その活躍をみている一般人であるわれわれは
 そういう展開とかはどうでも良いのです。
 自分には関係ない。支配者層が変わったところでたいして違いはない。
 どれだけ楽に生きていけるか。無事に今日一日を終えられるか。
 それが、豊かで平和な現代現在この国にいる読者にとっては不要なそれが
 ファンタジーというもの。

・見たいのは歴史。作られた世界、描かれる人々、その生活と正義。そのぶつかり。
 現代の常識でみる以上、想像の限界はあります。
 けれど、いつの時代だろうと現代人にしか見えない行動原理による解釈で
 描かれる時代劇というエンターテイメントという枠だけが、あるのではないのです。


・そういう渦中で主人公がいろいろあちらこちらとふらふらして
 乗り切っていくのを楽しむのが、このお話の面白さ。
 『西の善き魔女』などと同じ、ファンタジーを題材にした少女小説としての面白さ。

・帝国の貴族、大国の皇子、政治取引の材料として
 ただの一般庶民であるはずだったのに、状況に翻弄され意に沿わず利用される。
 しかしその立場を利用してのし上がってやろうとは思いません。
 家族とみんなと平穏無事に過ごせれば良い。
 ほど良く頭が良くて頭が悪く、ほどよく適当で、明朗快活丈夫が取りえの主人公は
 『なんて素敵にジャパネスク』来伝統の
 現代舞台では『マリみて』のようなファンタジーでしかありえない
 コバルトヒロインですが
 確固たる信念も見識もないのに終始一貫して生き延び続けられるのは
 正義なんてものを行動の基準におかないからこそ。


・なぜ生きているのか。毎日はなぜこんなに苦労と苦痛に満ちているのか。
 楽しいこと、面白いこと、気持ち良いことはどこから来るのか。
 そこで人間が信じるのが自身の正義、道徳、その規範である神の概念。
 だれかを救おうとすることにも理由が必要である。
 自分の野望を実現するためには、行いたいことがなければならない。
 ただ豊かに暮らしていくためだけにも、競争に勝ち抜かなければ生きていけない。
 だからそのために、何が正しいか信じられるものが必要だ。

・悪を信奉するにしても、そのひとにとってはそれが取るべき道であり正義である。
 ただ世間一般常識大衆がそれと行く道を異にするだけである。
 世論とは何によって作られるのか。気分なのか情報なのか状況か気質か扇動か。
 ものごとには理由があり、それが必然でなくとも過去は変えることが出来ず
 その結果がつくる積み重ねにより未来が作られていくのは
 一個人にとっても、民衆、国家、民族という単位でも変わらない。
 人種などというものはなく、そこにある違いは信じる過去と現実の違いでしかない。
 信じるものは何か。それは自身だけの正義である。

・そういう時代、世界という舞台。それを変えられたように見えるのは
 神という名前のその世界の創造者、小説なら著者と、その主人公である読者のみ。
 そこに生きる人々にとってはどうでも良いことなのだ。
 政治的勝利も宗教的勝利も、支配者と信じる正義が変わるだけで
 死ぬまでの平穏を約束するものではない。解決なんて消滅するまでない。
 それがファンタジーの、現実と同じところです。



・自分にとって、読んでみるまでそれが面白い小説かがわからない以上に
 良い小説というのがどういう基準でなるのかがよくわかりません。
 技術的に優れているのが良い小説である。文学文芸としてはそうらしい。
 しかし最先端技術の向上が、残り大多数の平均点底上げに役立っているのだろうか。

・ゲームを普段そういう目でみていると
 小説にもそういう見方がないものかと探してしまいますが
 そういう楽しみ方をするのはごく狭いジャンルでしかないのでしょう。
 実用に即するもの。単純に時間つぶしであるもの。その両方であるもの。
 ノベルというのは、ゲームと同じく、その程度のもの。
 つまり面白ければ良いのだ。

・ゲームと同じく、読むに当たって最低限の質というものがあり
 楽しさを感じられるかには好みというものが大部分ある。というだけのこと。
 違うのは、誰が作っているかが比較してわかりやすく
 著者名で追いかければ良いだけのこと。
 つまりマンガと同じである。数百冊読んでようやく悟りました。
 小説はゲームよりは高いがマンガよりは安く場所を取らない良い娯楽であると。
 ううむ実にいまさらだ。