『極限脱出 9時間9人9の扉』

kodamatsukimi2009-12-29


 公式サイト http://www.chunsoft.co.jp/games/999/ds/ ASIN:B002OL1KGQ

・発売メーカーはスパイクだけれど作ったのはチュンソフト
 謎解きミステリアドベンチャーで、『街』より『かまいたちの夜』系により近く
 題名の通り9人の登場人物の書き分け、使い方もそういうおもむきであります。

・読み終えて調べてみたら、書いているひとが『EVER17』のひとである。
  http://ja.wikipedia.org/wiki/打越鋼太郎
  とても昔の『EVER17』感想 http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20050831#p2
 なるほど。変わらず荒唐無稽の一歩となりをためらいなく使う力技に感服。
 と、書いているひとを書くだけでかなりネタばれな感じありますが
 AVGというジャンルができる幅のせまさゆえに仕方がないのかもしれない。



・昔風のミステリアドベンチャーゲーム、というと
 今なら『探偵 神宮寺三郎』シリーズくらいしか思い当たるものないですが
 そこにある良さ、ミステリ小説の主人公となって謎を自身で推理し解いていく楽しさを
 小説と違うかたちでどのように表現するかが
 このジャンルのお題であります。
 同じ金額出すならミステリの文庫本を10冊買った方が良いと言われないために。

・工夫としてまず、選択肢のないノベルゲームという形式があります。
 絵と音の演出付きで、文章量が文庫本10冊分ある本でない読み物。
 小説でも良いけれど、ゲーム機を使っても悪いということはない。なるほどそうだ。

・次に『逆転裁判』シリーズ。いわゆる本格ミステリという形式はすっぱり切り捨て
 ゲームにはゲームでしかできない推理、気づきの演出があるという転換。
 これはこれで確かに小説ではできないもので、そのうえに構築されたお話も
 例えば本格に対する倒叙を、さらにひっくり返したような面白さが味わえます。

・そしてもう一つがテレビゲームの仕組み、セーブとロードとリセットを
 時間SFを構成する要素として取り込んだメタミステリ。
 そこに叙述トリックを組み合わせたものも多いです。
 なかでもチュンソフトの『街』シリーズが
 進行がフローチャート上になるこの種のテレビゲーム上でのメタミステリを
 もっとも広く開けて扱っている作品でありましょう。
  関連として『428』の感想 http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20081206


・これらの問題は、このAVGでできる工夫というものの多くが、
 小説でもできる、小説の方がうつくしく出来るところであります。
 『逆転裁判』系の、許された範囲内で任意に問題となる箇所を
 能動的に推理した気になれる、という仕組み以外は、どれも小説で表現できる。

・特に最後の『街』形式。
 視点主人公が時間と場所を跳び越えて切り替わり、読者に与える情報を操作して
 最後にそこまで与えた情報をミステリの仕組みとして開示する、という仕組みは
 まったく、テレビゲームでしかできないということではない。


・『EVER17』が出た7年前、その前のPC18禁で95年ごろ発売された
 『DESIRE』『EVE burst error』『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』などは
 なるほどテレビゲームのAVGとして、今までにない斬新な工夫あるゲームだけれど
 時間SFを題材にした作品がそれまでなかったわけではもちろんなく
 複数視点でひとつの事件を描く作品がそれまでなかったわけは、もちろんない。
 そしてこれらや『街』シリーズが、それまでの小説や映像作品で描かれたそれらに比べ
 どれほど優れているかと、比べてはいけない。

AVGというものは、そこまでに得られた情報から用意された選択肢のどれが正解か
 選ぶことでお話を読み進めていくものである。
 常に正解を選べる場合より、間違った選択をしてしまうことの方が多い。
 正しくない展開で得られる情報をもとにはじめて、次に正しい選択ができる場合は
 作劇上あって良いどころか当然許される。

・しかしAVGでは、ゲームだから、その進行をうつくしく整えられない。
 ゲームだから、そこを楽しむのだけれども、その程度をどこまで許容できるかは、
 読み終えてその作品をどのように楽しめたかを比較するならば、
 AVGがゲームでないものより劣るのは、すべからく当然たるべし。
 選択肢など必要なく、間違え失敗する場合すら物語のひとつとして
 整然と取り込んだ作品の方が、はっきりお話として優れているのである。


・しかしもちろんAVGに選択肢がいらない場合が全てではないのです。
 選択肢を選べるから生まれる面白さというものはあるのです。
 ひととひととの会話が、小説であるように、
 無駄なく必要なことのみで出来ているわけでないように
 読み手がひとである以上、無駄のように見える無駄が楽しむには必要なのだ。

・もちろん文章にも無駄は必要であり
 それは目で見て黙読することを前提とする多くの小説では、
 技術的に整理されていなくてはならない、そのほうがうつくしいけれど
 会話文の、例えば声に出して読む劇作であるなら、無駄はなければならない。
 登場人物の台詞を音声として読む場合と、文章として処理する場合は
 違いがなければ間違いであり
 ネットゲームで文字による会話ができる場合と、音声会話ができる場合では
 そこにかわされる会話、そこに生じる楽しさ共に異なるのは当然である。
 その無駄もまた必要なのも、当然です。


テーブルトークRPGが、ゲームとしてまずあり
 その楽しさをゲーム機をもちいてひとりでも遊べるようにしたものが
 テレビゲーム上のAVGRPGです。

AVGが、ゲームとしてどうすれば面白くなるか。
 複数人でネット上の掲示板に情報を寄せ合いながら正解を探す、という手段が
 当然になった現在以降では
 その面白さは無理に、複数人で遊べるものを1人で閉じこもり
 輪から外れていることでしか成り立っていない。
 そのゲームの解法という限定された話題について、会話することの楽しさが
 そのゲームを1人で解いて、感想をネット上でみられるように書くより楽しいのは
 種類はともかく、値段に見合う楽しさの程度量的に確かなのだ。

RPGがオンラインであっても良く、1人用としても楽しめて良いのは
 AVGと違い、選択肢を選択することのみに操作することがあるのでなく
 アクションゲームやシミュレーションゲーム
 より上手く操作することでより良い結果が得られる、
 それ以外の操作する楽しさを組み込んであるから。

・しかるにRPGの中の、限定された情報から正解を探すということだけをする
 限定されたゲームが、
 ネット上で複数人の自分以外と、限定されない情報交換のなかから、
 どのような受け答えをすれば正しいかを選択するゲームに比べて
 どれだけ楽しいか、面白いと言えるのか。


・これまでの、ミステリ作品の主人公となって謎をみずから解いていく楽しさは
 AVGに既に保障されていて、楽しめます。
 そこにゲーム上で楽しむならではの、セーブロードリセットを組み込んだ
 時間視点トリックが含まれているのは場合によってなお結構。もちろん楽しい。
 他の種の、オンラインRPG上での会話や
 例えば『人狼BBS』のような、ひとを相手にしたオンライン上AVGでの楽しさはなく
 文章だけを読んでいるならミステリ小説に劣るかもしれないが
 限定され、無駄を含んで、だからその無駄を様式として楽しむ様式がAVGにはある。 

・正解は、ひとつだとしても、
 いつでもどこでも誰にとっても、それがひとつ唯一の正解とは限らない。
 新しいものが生まれるたび、それに合わせて変わるものがあるべきであると同じく
 変わらないまま、以前のままに楽しめるべきであるものがあるも
 それは無駄でなく、また正しいか。