ラジアントヒストリア

ラビリンスの彼方 - 3DS

前回感想書きました「パルテナ」の次に3DSで目を付けたのは
コナミの『ラビリンスの彼方』。
そのこころは、戦闘画面がなんとなく面白そうだったので。
それだけで買うとか豪気。おとなの経済力である。
買ってからトライエース製であることを知ったりするくらいに
ここのところゲーム情報に疎すぎである。ここのところどころでもないか。


それで遊んでみたのですが、正直失敗作であると思って早々投げ出した。
仲間3人の個性表現は好きな感じなのですが
肝心の「一風変わったRPGが味」なトライエース具合がおざなり。
携帯ゲーム機程度だからこんなものでよかろう座なり。
同じ属性三竦みなら『暴れん坊プリンセス』の方が
しなければならない量分まだまし。とは言いすぎか。
三竦み自体はアクションゲームの分野で旧来あるものだし
それ以上の「竦み」はカードゲームで古来といって許されるくらいからある。
ボードゲームで対人対戦にすれば、いくらでも良くできるだろうけれども
1人用テレビゲームRPGゲームがトライエース製品だから仕方ないと言う。


げんなり心機一転、みため違わぬ堅実なRPGが遊びたいと、
経験を糧に今度は少し調べて買ってみたのがこちら、
今回真打本打ち『ラジアントヒストリア』。アトラス製。

ラジアントヒストリア(特典なし)

3DSでなくDS用の1人用RPGゲーム。この言い方STGゲームだと若干許される。
この前の前すなわち先々月に馬鹿にしていた、
いまどきSFCみたいなみためのゲーム。
ところがパッケージはトライエースで絵を描いていたひとのものらしい。
調べて驚きこの事実。
一時期モノリスソフトから私に伸びていた長い手が
いまやトライエースからラジアートに這い寄っているぞわわ(迫真)。


公式サイト(音注意)http://rh.atlusnet.jp/

歴史が動いた「あの瞬間」を、もし、やり直せるとしたら―――。
平行する二つの世界で過去と未来を行き来し、
その手で正しい歴史へと導け。

というパッケージ裏に書いてある文ですとか、作品名などからわかるように
大国が争う戦乱の舞台に、主人公が過去に遡ったりして
歴史をリセットするという、
やはりSFCの『グランヒストリア』という良く似た名前とかのゲームを
思い出させるような作品。
もっともRPGにおいて、最後の最後で悪が勝ってしまい、
無理やり過去に遡って一度限りの最終決戦で一発逆転、というのは
枚挙に暇がないほど挙げられるものでございますから
これらの作品設定もそれほど驚きのものでもないのが
日本製RPGの歴史というもの。


いちおう事前に調べておいた甲斐あって
今度はちゃんと良く出来たRPGです。さすがアトラス製。
前も書いた気がしますが
ここのところのアトラス製すこし旧式RPGらの粒ぞろい感は確か。
異常ではないですな、あるべき姿でありますし。
戦闘部分とか過去を振り返るときの歴史フローチャートとか
街や戦場などの置き方とか
みためと変わらぬSFCのころの、ゲームアーツの『ルナ』とか
ロマサガ2」くらいの昔懐かしい味わい。
うんまあ『クロノトリガー』『クロノクロス』を
無視しているわけではございませんが、好みの問題。
舞台や物語があんまり壮大ではなく、
戦闘も回避できたり容易に逃げられたり負荷が軽く、
それでいて街ゆく人々の会話に芸細かさを感じられるし、
仲間の使い分け工夫の余地がありつつ力押しで解決できる重み調整も適度。
基本背景のありがち感とおなじく、
構成するそこかしこの部分部分に目新しいとこなく
どこかでみたようなものでしかないのですが
しっかり終始一貫に一定品質を保っているところが好印象。


戦争を続ける二大国の間で、軍人として、あるいは間諜として、
私利私欲のために動く悪を討ち、世界を正しい方向に導くという、
戦記ものを英雄伝に大幅に振ったありがちで大上段なお話のみせかたも
省略とご都合主義の程度がきちんとしていて悪くない印象です。
けれどものたりなくはある。
もっと変で、奇想天外で非常識で起伏激しいお話のほうが
RPGには必要なのではなかろうか。
戦争の勝敗を書き換えるほどの歴史を修正するというのは
まともに拡げれば書き換えたい一個人の思惑で収拾つかない大風呂敷だから
ゲームにするための誘導と省略はもちろん大胆に必要である。
登場人物は有象無象きりないところに、RPGであるから
味方であるかどうかでなく仲間であるかどうかのほうが重要である。
その上で、物語りを振り返ってみて、
結局どういう話だったかが問われるのでなく、
共通体験として誰かと共有したくなるような印象深い場面の有無のほうが
歴史でなく歴史物語で、なおRPGだからさらに重要なのだし
その点お行儀良すぎる、とも感じるわけであります。


同じように似たような印象の作品、
SFCのような旧式なみためと中身なRPGとして
ファルコムの『空の軌跡』シリーズなどが思い浮かびます。
ゲーム部分は似たようなものであるけれど
ラジアントヒストリア』になくて、あちらにあるのは、
キャラクタもの、ライトノベルのような、アニメのような、
登場人物の背景から個性だけを切り取って通じる魅力という要素。
すくなくとも一作目における主人公の父親のヒゲは非常に印象深い。
商業的成功のためそういう色が今や必要なのだ、
とかそういう話ではなく
RPGという種類の作品として、何がしたいのか、
ゲームとして分類するなら、良質ながらあり合わせのかき集めで、
では表現したいのはそのお話なのか、
ゲームにお話がのったその総体なのか、
この作品は、ではRPGでなければならない必要はあったのだろうか。


一時期の「FF」シリーズとかをみて、
これらはSFCのころのドット絵2D平面画のものであっても
なんの無理なく同じ面白さのゲームになる、と当時思ったものです。
今のRPG、何がRPGの中心かはひとそれぞれですけれども、
例えば『モンスターハンター』は、その遊ばれ方において
誰かと競うアクションゲームでなく、みんなで遊ぶRPGであり、
SFCのころのようなみためでは表現できないゲームでもある。
昔のRPGは、1人用で、今となってはあの程度のみためと規模と物語と中身で
けれど小説やマンガや映画に劣らぬ新しさを誰にも表現出来ていたけれど、
今はそれでは不足なのだ。
足りなくて、小さくても、昔懐かしく良く出来ていれば
それで一定に価値あるし、
それでも良いけれど、
それだけで良いのだろうかとは、遊んだ方も思うものであります。