2010年上半期ライトノベルサイト杯

・今回の「2010年上半期ライトノベルサイト杯」は
 新規作品、というより「今後に期待」な作品。
 既存作品、ではなく内容わかっていても楽しめる「個人的に好み」の作品。
 それからライトノベルでないけどライトノベルのように読める「TRPGリプレイ」。
 そして、投票はしないけれども取り上げておきたい作品。
 というような分類。

 投票結果や対象作品のまとめサイト http://ippo.dip.jp/lightnovel/lnsite2010first/vote/
 前回の投票 http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20100131
 読書メモ http://mediamarker.net/u/kodama/

今後に期待

東京レイヴンズあざの耕平 富士見ファンタジア文庫

東京レイヴンズ1  SHAMAN*CLAN (富士見ファンタジア文庫)
【10上期ラノベ投票/新規/9784829135198】

・前作『ブラックブラッドブラザーズ』からやや間が開いての新作。既刊1巻。
 その間「ファンなら褒めろ」とか苦悩があったりしたのでしょうか。
 これまでの印象から、3巻あたりでようやくエンジン掛かるスロースターターと
 定評ある作者ではありますが
 今回はこれまでと違って、ヒロイン役が女性という新機軸。

・1巻はそのヒロインをみせるに徹した内容で、ライトノベルとして掴みばっちり。
 そのため舞台背景設定周りが明らかでなく、物語をひっぱる目標というものが
 今のところ主人公達の成長という他にないので
 多くはこれから次第ではありますが、
 そのあたりはこれまでの実績から、安心して楽しめそうで今後に期待。

ピーチガーデン青田八葉 角川スニーカー文庫

ピーチガーデン  1.キスキス・ローテーション (角川スニーカー文庫) ピーチガーデン  2.ハードラック・サクセション(角川スニーカー文庫) ピーチガーデン  3.ラスト・コノテーション (角川スニーカー文庫)
【10上期ラノベ投票/既存/9784044748159】

・全3巻完結済みの恋愛コメディ。題名は「桃園」でなく「桃源郷」の意。
 『とらドラ』のような「ライトノベル風青春小説」、
 青春のさまざまなあれこれで葛藤挫折友情努力成長勝利、
 といったつくりの作品はそれなりにみかけるけれども
 「青春」でなく「恋愛」が材料主題。そこが男子向けとしてなかなかめずらしい。

・少女向けライトノベルでは、もちろん「恋愛」は欠くべからざる部門なのですが
 かといって、これらが「恋愛小説」なのか、というと違う。
 やはり主題は「恋愛」でなく、それらを通した主人公達の「成長」。
 なぜそうなるものが多いかというと、
 それだけでは話が持たないから、とか
 一部分だけを切り取って描写できるほどキャラクタが登場人物でないから、とか
 そもそも恋愛ってなんなのかよくわからない、とかいろいろあるのですが
 この作品は、そういう、他の作品がなかなか触れないところに
 手を出していて目新しい。

・その結果が上手くいっているか、
 作品として『ピーチガーデン』が優れているか、というと
 残念ながら既存のライトノベルでよくみるようでしかないですが、
 今後の作品に注目したい作者さんであります。

空色パンデミック本田誠 ファミ通文庫

空色パンデミック1 (ファミ通文庫) 空色パンデミック2 (ファミ通文庫) 空色パンデミック3 (ファミ通文庫)
【10上期ラノベ投票/新規/9784047264885】

・既刊3巻。投票期間内に発売されたのは2巻まで。
 メタファンタジーな舞台設定が特徴。
 劇中劇のような構成もなかなか良く出来ているのですが
 設定自体がSF視点でフィリップ・K・ディックふうみで面白い。
 とか書くとSF方面から怒られそうですが
 『ハムレットシンドローム』がSFならこれもSF。
 『円環少女』とかも、妄想が理屈っぽいのはみんなサイエンスファンタジー。 


・作中においては「空想病」という医療上の疾患が存在する。
 「空想病」は、発作を起こすと現実と自身の空想との区別が付けれらなくなる。
 自身にしか影響のない「自己完結型」ならば、それほど驚くことない精神疾患だが
 「劇場型」と呼ばれる重度の症状では、周囲に対しても空想病を感染させてしまう。
 強制的に周囲の人間を、自身の空想の登場人物として巻き込んでしまう。
 さらに「劇場型」同士が接触すると爆発的感染、パンデミックが起こり
 世界中を巻き込んだ「天地創造型」として人類的危機に陥る深刻な病気である。

・「空想病」の恐ろしいところは、
 発作を起こした状態では、自身が空想病により
 妄想に囚われていることに気がつけないところである。
 これは「劇場型」に感染してしまった人も同じ。
 また、その空想病の発作を止める、空想から現実の世界に帰ってくるためには
 空想劇を一定の形に完結させなければならない、
 というまるで小説の設定のような、とってつけたような異常な設定、いや特徴も
 この病気の深刻さに拍車をかける。 


・この設定のもとライトノベル風に、
 君と僕とでセカイ系でなけてかんどうの青春、という妄想の恥ずかしさに苦しみ、
 現実と妄想の境目を探してさまようファンタジーなお話したてているのが本作。
 題材が題材なので一発ネタな感じもしないではないし
 ヒロインがその色に魅力的とする描写があったかとか
 主人公の語りの達者さが無為自然で行動にそぐわないのではとか
 いろいろ腑に落ちないところもあるのですが、
 この作者が今後どんな芸風を見せてくれるのか、今後に期待。

個人的好み

神剣アオイ(八薙玉造 スーパーダッシュ文庫

神剣アオイ  2 幼なじみと黒猫メイド (集英社スーパーダッシュ文庫)
【10上期ラノベ投票/既存/9784086305402】

・既刊2巻。男子向けライトノベルの定番バトルもの風。
 ただ主人公もヒロインも、あまり魅力的ではないような気がするのでは、
 といわれるだろうな作品。 

・この作品については2巻を読んだ時の読書メモをご覧ください。

  『神剣アオイ』2巻の読書メモ http://mediamarker.net/u/kodama/?asin=4086305402

 前作の『鉄球姫エミリー』もそうでしたが、作者の力はあると思うのだけれど
 なかなか広く受け入れられにくい内容でないかと思います。
 娯楽の読み物として、多くのひとが心地良く楽しめる作品ではないかもしれない。
 しかし個人的には好き。好きな作品。
 何やら次巻で完結してしまうようですが、この作者の作品は続けて読んでいきたい。

円環少女長谷敏司 角川スニーカー文庫

円環少女  (11)新世界の門 (角川スニーカー文庫)
【10上期ラノベ投票/既存/9784044267131】

・魔法使いバトルものですが、変態的なサイエンスファンタジー描写が肝。
 お話も斜め上に明後日に常に良い意味で暴走しており、まったく先が読めない。
 内容だけでなく、癖のある文章でも読者を選びまくります。
 これぞ、好きなひとは好きだけれども駄目なひとにはとことん駄目だろう作品。

・個人的には大好きで、読むことができて本当に良かった作品。
 作者と同時代に生きている、というより、同じ側にいる、という感がある作品です。

サクラダリセット(河野裕 角川スニーカー文庫)と月見月理解の探偵殺人明月千里 GA文庫

サクラダリセット2 WITCH, PICTURE and RED EYE GIRL (角川スニーカー文庫) 月見月理解の探偵殺人 2 (GA文庫)
【10上期ラノベ投票/既存/9784044743024】
【10上期ラノベ投票/既存/9784797359350】

・どちらもゲーム的なルール設定がある変形ミステリ。
 以前に書いたように、私の中でこの2冊は同種同類。
 いわゆる本格派から外れたこういう飛び道具入りミステリは
 ひとつ間違えると途端に鼻白む、というより
 描写以上に許せる好みからくる嗜好範囲が、個々人で厳に存在する分野と思います。
 個人的にこの2作は許せる範囲。好みの範囲。すなわち好きな作品。

・『サクラダリセット』は
 前作は『タイムリープ』のように上手く時間SF風処理をしていましたが
 今巻はわりと開き直って変化球の本性だしてきました。
 描写のさまはそのままなので、その齟齬がおかしいほど独特。
 能力「リセット」はまさに反則技なみの強力な力。
 これをさらに展開させるとしたら2巻のテトラポットも致し方なしか。
 わかって割り切って大胆にきちんと持ち味活かして描いており、文句なし。

・『月見月理解』は既に3巻も刊行されていますが
 1巻の後に、登場人物を同じくして続巻が出るとは思わなかった、
 さらにそれがそれなりにしっかりミステリとして書けていて
 作者が一発屋でなかったことに、より驚きました。みくびっていてすみません。
 それでもやはり線の細さ、背骨の太さには不安があるので
 「探偵殺人」でなく1冊ごとに趣向を変えて、
 様々な方向へ挑戦していったものを見てみたい。

君が僕を(中里十 ガガガ文庫

君が僕を 3 (ガガガ文庫) 君が僕を 4 (ガガガ文庫)
【10上期ラノベ投票/既存/9784094511956】

・全4巻完結済み。
 投票対象作品は3巻なので、完結巻が対象となる次回に回すべきか迷うところですが
 半年後の事などわからないので今回に。
 その3巻がいかにもつなぎで、4巻中もっとも面白味ないだけになんとも。

・いわゆる言葉遊びをもっと広く取った、
 修辞という段階で文を弄しているのが楽しい作品。
 てつがくてきに何が上で善で禅で全で聖で正で性で生なのかとかを、
 恋愛小説てきな筋書き上にぐるぐるこねくりまわしているだけ、なのですが
 小説というのは、そんな程度のものである。
 あとは好みの問題なのである。

TRPGリプレイ

ダブルクロス リプレイ デザイア(加納正顕 富士見ドラゴンブック)

ダブルクロス The 3rd Edition リプレイ・デザイア(1)  星影の魔都 (富士見ドラゴン・ブック) ダブルクロス The 3rd Edition リプレイ・デザイア(2)  残影の妖都 (富士見ドラゴン・ブック)
【10上期ラノベ投票/新規/9784829145869】

・既刊2巻。TRPGダブルクロス」リプレイシリーズのひとつ。
 現在刊行中のリプレイシリーズで、ライトノベルとして読んで最注目が本作。
 
・このシリーズの特徴は、主人公達が敵側であること。
 「ダブルクロス」の舞台設定は現代バトル。
 敵側として、手に入れた力を自身の欲望のため使うことを、是、とするものたちが
 融通し合う秘密組織が設定されているのですが
 その構成員となってテロリストてきなことをしたりするのが本作。
 いままでは善玉側で、自身の望みのため他者を犠牲にするなんて許せない、とは
 まるきり逆。

・敵側だからといって、汚物は消毒のヒャッハー的三下では面白くないですが
 かといって悪のカリスマというのもなかなか難しい。
 中で、このシリーズの目的設定はなかなか見事。ゲーム上での処理も上手い。
 相手となる善玉側もしっかり魅力的で
 こちらが人間らしくなく、他者のために命を張っている駄目さ加減の対比も良い。
 果たしてどんな風に敗れ去るのか、とても続巻が楽しみです。

その他

・いわゆるひとつの次点。コメントも思いついたものだけ。

不堕落なルイシュ (MF文庫J) 人類は衰退しました 5 (ガガガ文庫) 迷宮街クロニクル4 青空のもと 道は別れ (GA文庫) 織田信奈の野望 2 (GA文庫) 嘘つきは姫君のはじまり 寵愛の終焉 平安ロマンティック・ミステリー (嘘つきは姫君のはじまりシリーズ) (コバルト文庫) 悪魔のような花婿 (悪魔のような花婿シリーズ) (コバルト文庫) 夜の虹 (夜の虹シリーズ) (コバルト文庫) トーキョーN◎VA The Detonation リプレイ ヴァニティ・エンジェル (ログインテーブルトークRPGシリーズ) アリアンロッド・リプレイ・レジェンド(3)  貧乏姉妹の驚愕 (富士見ドラゴン・ブック) ココロコネクト ヒトランダム (ファミ通文庫) 僕は友達が少ない 3 (MF文庫J) シノビガミ・リプレイ戦(1)  事無草、咲く (富士見ドラゴン・ブック) パラサイトブラッド・リプレイ  Bite The Dust!?バイツァダスト!?(1) (富士見ドラゴン・ブック)

・『不堕落なルイシュ』は、ここのところ微妙に迷走していた作者が
 多少立ち直ったきのする作品。既刊1巻。
 この作者の作品は、次の短編作品を読んでいただくとわかりやすい。
  森田電鉄 短編小説『ウタカイ』 http://moritarail.blog108.fc2.com/blog-category-3.html
 題材が奇抜で表現もひねって面白いけれど
 文章がもうひとつすわりわるい感じである。おちつかない。
 勢いはあるけれど上滑り。
 もしかしたら今後、そのあたりが落ち着いて良くなるかもしれないので
 長い目でみていきたい。ううむ偉そうな物言い。

・『迷宮街クロニクル』は、これも読書時のメモを参照。全4巻完結済み。
 http://mediamarker.net/u/kodama/?asin=4797358645
 Web版や同人版に比べると、書き足し部分があまりに蛇足だと思います。
 大きく減点。
 けれどまだ読んだことがない方には手にとっていただきたい作品。

・『織田信奈の野望』は、GA文庫というより
 富士見ファンタジアふうの低年齢向けな作品。既刊3巻。
 そういう範囲で良く出来ている。
 とはいえその年齢でないひとが自分は楽しくないけれどと保障しても意味あるのか。

・『嘘つきは姫君のはじまり』は、当初からここ数巻、恋愛方向に思いきり方針展開。
 これはこれで良いけれど、変に間延びせず終わってほしい懸念。
 別シリーズの『悪魔のような花婿』も確かな作者の実力を感じさせてくれますが
 これも続けるような話でないのに無理に続けて大丈夫か。やや不安。

・『夜の虹』は、シリーズ作品だったことに驚き。既刊2巻。
 『風の王国』は少女小説として終わらせようがなく
 『彩雲国』とはまた違ってどこへいくんだ感ただようのですが
 新しく巻きなおされても同じ印象。
 いっそ外国人名で創元ファンタジーあたりで出せば良いのではですが
 しかしそれで通じるかというと疑問でもあり。

・『ヴァニティエンジェル』は、作者の味は出ているけれど
 前作『ビューティフルデイ』に比べると、ややかすむ印象。あとでかい。高い。

・『貧乏姉妹』は、イラストどうりのお花畑でぽややんで
 さらに変態な雰囲気が捨てがたい作品。変。すごい。楽しい。
 あと「借金姉妹」でないのは何か理由があるのだろうか。
 『アリアンロッドサガ デスマーチ』も同じように外伝的お気楽さながら
 こちらはサガ全体で、ひとつの面白さという印象。 

・『シノビガミ』『パラサイトブラッド』は投票期間外ですが
 勢いが次の機会に持続しているか不安な旬の作品ということで。
 後者は続巻次第。
 前者はライトノベル寄りではなく、つまり物語を楽しむより
 TRPGならではの味わい、面白味かもしれない。