2009年上半期ライトノベルサイト杯

kodamatsukimi2009-07-31


・『ドラクエ9』と『三国志大戦Ver3.5』を暑さに負けず熱心に遊んでいたら
 例によってここに書く事がないまま7月が終わるので
 例のごとく読書の感想とかを書いて間を持たすの回。

・今回はちょうど折よくライトノベルサイト杯の投票期間なので
 前回(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20090331)につづいて投票するの巻。

  2009年上半期ライトノベルサイト杯

・内容は上にある通り、2009年前半6月までに発売された
 いわゆるライトノベルと呼ばれているものの中からおすすめを選んで投票するの企画。
 投票数がそれほど多いわけでないので結果順位はなんともいえませんが
 自分の面白いと思うものへ、同じように挙げているひとを探すのにお役立ち。
 対象期間半年、ライトノベル限定なので、さほど深くなりようないのも良い仕様です。


・今回から新規、既存作品合わせて10作まで投票可になったのですが
 読んでいる作品がなにぶんにも少ないので
 「面白かった」のでおすすめしたいものと
 「今後に期待」という意味でおすすめしたいものにわけて紹介いたします。

・ただこのサイトの常として、「面白い」にもいろいろあるので
 「今後に期待」が「面白かった」作品より面白がっているものもあります。
 「面白かった」のであり「今後に期待」していないかもしれません。
 そこはみなさま文章から読み取っていただきたいと思う次第であります。

面白かった作品

 


【09上期ラノベ投票/既存/9784829134030】
・まずはこちら。『ブラックブラッドブラザーズ』シリーズ。
 本編11巻、短編をまとめたサイドストーリー6巻、計17巻でめでたく完結。
 現代日本が舞台の吸血鬼もの。
 吸血鬼が「ブラックブラッド」、人間が「レッドブラッド」。
 吸血鬼たちと人間たちが時に争い、あるいは共闘しながら共存への道を探るお話。

・超人的能力を持つものの、不老長生ゆえに精神的に成長しないブラックブラッドと
 短命薄命ゆえに、機転とこころのしなやかさで対応し成長するレッドブラッド。
 その対比が、吸血鬼同士の派手な戦いの興奮だけでなく
 組織同士の戦いとしても、なぜ戦うのか、誰と戦うのか、
 どうしたら勝てて、どうすれば勝ちなのか、というところまで
 ライトノベル的に、キャラクターの個性を活かしつつ上手く描かれております。
 物語をしっかりと、落とすべきところへ完結させていて素晴らしい。


・前作の『Dクラッカーズ』は
 3人のBというキャラクターの書き分けや、戦闘描写の非凡な巧みさなどは良いものの
 初期がミステリ仕立てであったのに途中でバトル方向に舵を切ったからか
 カプセルの正体などにみられるお話構成のしかけがあまりよろしくなかったですが
 今作は当初からの「賢者と赤いブラックブラッド」という主題を良くまとめ上げていて
 登場人物の多さに負けない伏線回収手際も中々のもの。
 舞台描写が不明瞭で、どこで誰のため戦っているか見えないのが引き続き減点であるし
 カーサや混沌さん、ケインや豪王のつかいかたなど、もうひとつ感あるところですが
 比較して断然上の仕上がりでありましょう。最後まで一気に読めます。

・そしてなんといっても、主人公とヒロインに次ぐ、お話の鍵となる人物、
 「賢者」のキャラクターが面白い。
 長きにわたって世界の意思を追い続けるという役割。
 していることは『火の鳥』的ですが
 「賢者」はブラックブラッドではあっても、『超人ロック』と同様に人間でもある。
 不老長生となった人間は、生き続けるために、精神的な成長を止める。
 精神的な成長とは何か、老いとは何か、経験と知識は賢さか。

・主役はブラックブラッドとレッドブラッドと戦いですが
 脇にあって、作品全体を「賢者」という軸が支えているから
 『BLACK BLOOD BROTHERS』の主題がきまる。
 そういう意味でも、楽しく面白く読める作品です。何より完結していて安心です。


・とりあえず3巻までが第一部、ひとくぎりつくのでまずはそこから。
 短編集は、コメディ部分がかなり遊んでいるので
 本編を中ほどまで読み進め、最後まで読む見極め付けてから手を出すとよろしいかと。


神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルとイドラの魔術師 (GA文庫)

神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルとイドラの魔術師 (GA文庫)


【09上期ラノベ投票/既存/9784797354133】
・「神曲奏界ポリフォニカ」というシェアワールドノベルの一作。
 といわれてもなんだかよくわかりませんが、ようするに同じ舞台設定で様々な作家が
 それぞれ違う主人公で作品を書いてみる形式のことらしい。

・この『ダン・サリエルとイドラの魔術師』は『白銀の虎』(ISBN:9784797350593)に続く
 ダン・サリエルシリーズの2巻にあたります。
 他の「ポリフォニカ」シリーズは読んでいないのですが
 この作品は面白い。
 かなり狭くねじまがった私のツボにピタリの作品で、今回最高のおすすめ。
 『ブラックブラッドブラザーズ』が長めなので手を出しずらいというかたにも
 まだ既刊2巻ということもあって、同作者の作品に触れてみる意味でもおすすめです。


・「ポリフォニカ」世界設定は基本ファンタジーらしいのですが
 『ダン・サリエル』に関しては現代ものとしてみてまったく問題なし。
 音楽家、ダン・サリエルが自身の実力を信じて音楽界の革新に挑み
 自信だけでなく実力があるゆえに、自らより優れている存在に対して悩み
 けれど自身の実力を信じて、それに立ち向かっていくお話。芸術と才能の物語。

・傲岸不遜で唯我独尊の俺様であるサリエルがとても萌え。
 作者のいじりっぷりがいちいち楽しい。
 コメディ部分は『BBB』と同じくかなりすべっていて真面目に読んでも笑えませんが
 しかしサリエルの魅力だけで持つ。
 脇を固めるキャラクターたちも、設定、立ち位置とも面白い。
 それでいてしめるべきところはきちんと絞めます。
 『Dクラッカーズ』『BBB』のバトル描写に同様、
 決めの演奏描写は魅力充分、そこへともっていく話の引きも適当。

・『さよならピアノソナタ』のように、青春物の道具立てとして
 音楽を素材に持ってくるものはありますが
 音楽家として、というより芸術に関わる大人の仕事ものとして、
 でありかつライトノベル的に、描いたものとして大変に面白い。



【09上期ラノベ投票/新規/9784044743017】
・半年でライトノベル限定という条件下では、最高の新物といえるのが本作。
 上手いです。個性もあります。
 普段ライトノベルを読まないひとにおすすめのライトノベル10作、とかいうなら
 確実に入ってきそうな作品。他の9作がなんであるかは存じませんが。


・お話の基本線は時間SF。能力者であるヒロインは
 最長3日ぶんだけ、自身の任意にセーブした時間へ
 自身の記憶も含めて全てをリセット、戻すことができる。
 リセットした時間は、記憶を「忘れることができない」能力の主人公以外、
 誰も覚えていない。なかったことになる。
 観測者からみると、主人公だけが3日分まで先を予知しているようにも見えますが
 未来は、リセットされた時間のことを覚えていることで主人公がさけられない変化で
 既に過ぎた未来を忘れられない主人公にとっても、常に不確定である。

キラークイーン・バイツァ・ダストみたいな能力です。
 都合が悪くなったらセーブポイントまでリセット。
 テスト問題をみたあとリセットして予習すれば完璧。
 時を止める能力者とか時をふっとばす能力者とか未来から過去を改変できる能力者、
 とかが出てこなければ最強です。
 あれあんまりさいきょうでもないか。それにわりとこそくだ。 

・時を戻せるのですごくつよいですが、能力者自身は記憶を保持できないので
 主人公の「忘れない」能力と組み合わせないと意味がない。
 主人公はすごく物覚えが良いだけで他はまったく普通。
 お話のラスボス並みに強力なこの能力で彼らが立ち向かう大事件とは、というお話。


・『時をかける少女』とか『タイムリープ』とか『サマー/タイム/トラベラー』など
 ジュブナイル的に、つまり青春小説的に時間SFを用いる作品に対し
 本作は文章こそはそちら風かつすがすがしくさわやかなおもむきでも
 登場人物はライトノベル的に誇張されたもので
 斜に構えて素直さわやかに成長しようとは致しません。
 達観というか諦観していて、しかし変化しようとはする。
 それが、ジュブナイルライトノベルなのかは、この作品だけで言えませんが
 そういう系譜からして面白い作品であるといえましょう。


アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫)

アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫)


【09上期ラノベ投票/新規/9784048675178】
ソードアート・オンライン1アインクラッド (電撃文庫)

ソードアート・オンライン1アインクラッド (電撃文庫)


【09上期ラノベ投票/新規/9784048677608】

・『サクラダリセット』が、文章だけでもライトノベル風でないので
 ライトノベルに抵抗あるひとでも読みやすいのに対し
 こちらの作品は、同じように文章がこなれて上手くとも、純正培養ライトノベル
 主題があさくわかりやすく、踏み込みがゆるく
 つまり主人公に対してご都合主義が過ぎる「幼稚な」内容である作品です。
 ある年齢に達すると、こんな作品を面白いと思っていたのかと恥ずかしくなる的それ。
 児童向けだとそうは思わないのに、中高生向けだと恥ずかしくなる。
 青春です。

・どちらもオンラインゲームを題材にしたもので
 『アクセルワールド』が基本1対1の対戦格闘風、『ソードアート』の方はRPG風。
 特に後者の方が初期作品ともあって、構成もより簡易で
 作者の書きたいものがわかりやすい。
 『迷宮街クロニクル』や『風よ。竜に届いているか』に比べて
 同じRPGを題材としてもずいぶん違うものです。
 登場人物が自分である。より自分に近い存在である。
 想像は思い通りにならない現実よりつらいものである必要はなく
 気持ちの良く思い描くものは、複雑で奥深く現実的である必要もない。 
 そうである作品があるなら、そうでない作品だってあり、あって良いのだ。


ライトノベルと呼ばれるものの特徴である、登場人物の極端な個性づけは
 大きく動くべき話を牽引してもらうために、あるものではなく
 それがいわゆる現実的でなくとも、そのほうが魅力的であると捉えられるように
 いつのまにかなったからで
 そしてその方が、読者にとってより現実的でもあるからそうある。 
 そこがライトノベルでない小説と違うとことであり
 想定される読者でない読者にとっても、楽しめるところでもあります。



【09上期ラノベ投票/既存/9784044231088】
メディアマーカーhttp://mediamarker.net/u/kodama/)でおわかりの通り
 とてもつい最近読み始めたシリーズなのですが
 今までなぜ読んでいなかったかと口惜しい。
 最新作『虹色の羽』は、実のところはっきり書くとあまり良くないですが
 しかしめったにでないシリーズであり、最初の3巻は間違いなく面白いので
 この機会を捉えておすすめしたい。


・作者は『デルフィニア戦記』を代表作とし
 文庫より大きいサイズの新書と呼ばれる区分で活躍されている方であります。
 その作風は勧善懲悪ご都合主義のファンタジーという
 ぶんしょうげいじゅつをしこうする方々からして駄本の類でありますが
 しかし圧倒的に読みやすい。抜群に読みやすい。読み始めたら止まらない。
 そういう意味で、もの凄く文章が上手いです。

・文章の上手い下手というのは、どういうのが上手くて下手なのか
 知ろうとしても判れるものでないらしく、いまだに解かりませんが
 『レディガンナー』の文章が素晴らしいものではないことはわかります。
 読み飛ばしても問題ない文章です。斜め読みでも話についていける文章です。
 だからといって、『レディガンナー』という小説が駄目かというとそうではない。
 読みやすい、意味の取りやすい、話を思い描くのに充分な量の情報を
 最高の効率で送り込んでくれる文章によって
 話の内容とはまったく関係のない、文章から意味を読み取る作業に係ることなく
 お話の中身を楽しむことができる。
 名文かどうかは知りませんが、良い小説です。
 

・思いきりと機転とあきらめの悪さが特長の主人公が関わる冒険。
 文化の違いによる常識の違いによって引き起こされる摩擦、
 そこに生じる無知と偏見という明確な悪。
 それに挑み、痛快豪快明快に正す主人公。相手は悪。すなわちこちらは正義。
 そういうお話なのですが、しかしこういうひねりのない話を
 読み始めたら止まらない、よどみない構成と表現で書けている作品はほとんどない。
 たいしたことがない話です。わかりやすいお話です。
 しかしその程度のことができていないライトノベルの、小説のいかに多いことか。


・投票対象である最新作『虹色の羽』は
 前巻『二人の皇子』の焼き直し的なのでどうかと思いますが
 最初の3巻『冒険』と『大追跡』は文句なしに面白い。
 その後の『宝石泥棒』から『二人の皇子』は
 ライトノベル的、登場人物の個性が極端でないゆえにやや定型化してきているものの
 作者の力量で気持ち良く読めます。
 新書でなく、ライトノベル分類だからといって手抜きではないいつもの味。
 おすすめです。

今後に期待の作品

 

鳥は星形の庭におりる (講談社X文庫ホワイトハート)

鳥は星形の庭におりる (講談社X文庫ホワイトハート)


【09上期ラノベ投票/新規/9784062865876】
・現在の女性向けライトノベルでわりとありがちのファンタジー風な舞台設定で
 主人公の少女に美形が必須基本スキルの謎めいた男が関わっていろいろある、
 というのをなぞった作品ではあるのですが
 主人公が10歳前後とかに描写されると、かなり低年齢で
 それゆえに今どきでなく潔癖である、というのが
 この作品の特徴です。

・普通に小学生並みの働きしかできないと話についていけないので
 年齢以上に知恵が働くわけですが
 しかしあくまでまだ若いとも言えない少女でもある。
 けれど、ただ幼いだけであって
 誰とも変わるわけでもない、誰もが経てきた場所でもある。
 というところに少女小説的妙味を
 ありがちな、つまりライトノベル的な構成に持ち込んでいて
 それなりに勘所を押さえ、魅力を保持しているところが面白い。

・パズル的な迷宮探索という冒険パートより
 この少女小説的な部分を活かして、違った舞台設定ではどの程度書けるのかが
 楽しみな作家です。


【09上期ラノベ投票/既存/9784086012690】
・今後、というより現在進行形で絶好調な作品。

・感想は以前(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20090331)書いたので省略するとして
 7月頭に発売された最新刊も安定の出来。
 安心して読めるシリーズです。



【09上期ラノベ投票/既存/9784086304863】
・『鉄球姫エミリー』シリーズ完結巻。全5巻。
 2巻から5巻は、1巻で表現し終えた主題を焼き直すにとどまってしまった感ですが
 作者の安定した実力は確認できたということで、さらに取りつきやすい、
 誤解されにくいような作品を作っていってほしいと、今後に期待であります。
 以前の感想 http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20081116


【09上期ラノベ投票/既存/9784829133903】
・コメディというのは微妙なものです。
 お話とか登場人物とかはどうでもよく
 ただ可笑しいかどうか、笑えるかどうかであって
 それは他の感情を動かす文芸の分類に比べ、相当に受け手に拠るところが多い。
 『生徒会の一存』シリーズや『えむえむ』や『らじかるエレメンツ』は笑えるが
 『バカとテストと召喚獣』は笑えない。面白がれない。
 その違いがどこにあるのかは、文章で表現するのは、とても難しい。

・小説としてはどれもとても駄目だと思います。
 笑えないひとにとってはとてもひどくみえる。
 しかし笑えるひとにとって自明であることに、作品価値は小説であるところにはない。
 したがって、個人的に小説ともライトノベルとも思わず
 値段分笑って楽しめるものであるこの作品は、充分立派に価値ある作品です。 


あまり意味のない次点賞的位置な作品


原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)

原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)

・作品というより作者の今後に期待。
 『原点回帰ウォーカーズ』はメタミステリを
 流水大説よりも、なおライトノベル方に引きよせたような作品で
 充分変で面白いのですが、1巻はまだしも、2巻はかなり粗い出来。
 『みみっく』に載せていた『ウタカイ』のように
 斬新極まりない際物を、『ビター・マイ・スウィート』2作のように
 しっかり料理した作品を読んでみたいです。

ペンギン・サマー (一迅社文庫)

ペンギン・サマー (一迅社文庫)

・SFなのですが、田中哲弥『やみなべの陰謀』のような構成を
 新井素子作品のような日常系の描写で描いたような変わった作品。
 土地に伝わる昔話をSF的に解釈して起こる事件ものとして
 なかなかひねりがあり、みせかたの工夫もあってアイデア賞。

・アイデア賞にとどまるのは、文章が話を説明しているだけに止まるのが大減点。
 『レンズと悪魔』も、変な設定は面白いのに文章うすくて残念な作品と読みましたが
 これも変わらないといわざるをえない。
 例えば星新一がこの話を書けば素晴らしく面白くなるだろうに、
 といわれては職業作家の名折れであります。
 しかしわれながらなんて傲慢なものの言いようなのか。

・内容は充分高品質ではありますが
 未完。
 一応2巻で区切りはついているとはいえ、これをおすすめするのは無理。
 遅筆であり、まともに完結しているのが『ディバイデッドフロント』くらいというのは
 より駄目な作家が多数刊行しているのにくらべてどうなのだろうか。
 力はあるのだから、それをきちんと活かしてほしいと読者は思うわけであります。