読書のまとめ2013年度版


年に一度の読書まとめ5回目。
例によってこちらの記録を元に。
http://mediamarker.net/u/kodama/

今回は5回目の区切りに5年分からのお気に入りも選出しようと
無謀なことを思いついたので
てきぱき行きます。


ちなみに今更ですが、このサイトのAmazonへのリンクは
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リンクを通して購入されると
はてなダイアリーを運営している会社さんにお金が行く仕組み。
このサイトを書いているひとには行きません。
ご承知おきくださいませ。


ではまず2013年度分。5年分は下の方に。

一般小説

イワン・デニーソヴィチの一日
イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)

1962年、スターリン批判から6年後に発表された作品。
ロシア文学に付いて回る、歴史宗教知識を必要とする難解さはなく
現代日本で社会人として毎日お仕事励む層にも楽しめる作品。
大祖国戦争後のスターリン独裁体制下。
政府への不満を口にしたという理由での政治犯として
強制収容所に在る主人公、イワン・デニーソヴィチ・シューホフが
お上やお国と宗教など難しいことは置いて
目の前の一日を仲間と共に、常と変わらず送る様子を描いたもの。
その、どの時代どの文明でも変わらぬ単純な労働者の一日が
著者の信念を越えて、どこの誰にでもある毎日に価値を持たせる。
劇的な一日も印象深い一日も
今日この日もまた変わらず同じ一日。
ならば満足して眠りにつきたいものです。



『人形の家』
人形の家(新潮文庫)

同じくロシア産の古典名作。
1879年に書かれた戯曲で、当時の時代背景を思えば
「男女同権」「女性解放」といったことと切り離せないもの。
けれど現在にうつしても
家庭内の女性、夫婦のありかた、家族のかたちにおける
それぞれの正しさは難しい。
例えば、主人公の極端とも思える行動を
男性は主人公の立場に、女性は夫の立場になって
わが身に置き換えてみることは、難しい。
誰しも自身だけで判断する正しさから逃れられないものであり
優れた作品は、異なる他者を思い出させてくれます。



『琉璃玉の耳輪』
琉璃玉の耳輪 (河出文庫)

こちらは現代日本作家の娯楽小説。
江戸川乱歩作品のような昭和初期が舞台の探偵冒険活劇。
ミステリ小説の様式中にある表現の工夫も楽しいものですが
幻想的な舞台を癖ある登場人物が駆け回る活劇描写に
鬼退治、忍法帳、捕り物帳、現在へ警察小説といった形で続く
身近で空想可能な冒険物語の土台があり、
それだけで楽しめることを教えてくれる読み物。
その最上の一冊。

歴史

2013年の歴史ものといえばこちら。
『やる夫で学ぶ第一次世界大戦
http://yaruo.wikia.com/wiki/やる夫で学ぶ第一次世界大戦
5年以上の長期連載がめでたく完結。
「世界大戦」という名通りの広大な戦場世界を
収拾つけて描ききって素晴らしい。
現代に近い歴史を登場人物たちの舞台という形にしてしまうのは
色々危ういのは確かながら
知る糸口として、おすすめできる作品。


「歴史系やる夫スレ」で他におすすめなのは
「フューラー」「光武帝」「ハンニバル」「北方の獅子王」、
日本史では「徳川家康」「鎌倉幕府」「関が原戦線」などなど。
未完作品でも「鉄血宰相」「李斯」などは
なかったので紹介記事を書いてしまうくらいにおすすめです。
http://yaruo.wikia.com/wiki/カテゴリ:歴史



『怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史』
怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史 (講談社学術文庫)
上の『鉄血宰相』で紹介されていて読んでみた作品。
歴史に名高きフランス皇帝ナポレオンの甥として生まれ
大統領の座からクーデタ起こして皇帝になり
現在に残るパリ市街の景観を作り上げたものの
「鉄血宰相」ビスマルクプロイセン普仏戦争で大敗するという
伯父同様いろいろあった、ナポレオン三世を描いた作品。
著者はフランス文学者。
専門の歴史解説書でなく、さりとて史伝あるいは歴史小説でもない、
主観たっぷりゆえに主人公「怪帝」への情が楽しいの歴史読み物。
同著者がその伯父周辺を描いた
『ナポレオン フーシェ タレーラン 情念戦争 1789-1815(ISBN:9784062919593)』も
やはり好き勝手な解釈が楽しく、本書と合わせて読みたい一冊。


ついでに連載中の『やる夫はアフリカで奇跡を起こすようです』関連で
ルワンダ中央銀行総裁日記(ISBN:9784121902900)』も。
1965年にアフリカ中央ルワンダ中央銀行総裁として赴任した
著者自身の記録を読み物としたもの。
当事者の記録なので「歴史もの」というべきでなく、
現代史におけるいち視点からの記録ですが
歴史読み物としても興味深い作品。アフリカは現在進行で大変です。


TRPGリプレイ

引き続きライトノベル好んで読む層にすら
その大多数に存在を感知すらされない状況続くTRPGリプレイ。
テレビゲームのRPGよりよほど面白いものもあるのに。もったいない。


その狭い界隈では
長々続いていた『セブンフォートレス』『アリアンロッドサガ』の
2大シリーズが完結したとかいろいろあったのですが
内部のことはおいて、完結済みからおすすめ作品を3点。


ソード・ワールド2.0リプレイ 聖騎士物語』シリーズ 全7冊
ソード・ワールド2.0リプレイ 聖戦士物語(1) (富士見ドラゴン・ブック)
いかにもRPG風、中世ヨーロッパ風な剣と魔法の世界が舞台。
朴訥で戦闘の実力はあまりないものの
周囲を惹きつける求心力という
なかなかにない主人公としての魅力を持っている王子と
視野が狭く暴走しがちなキャラクタがおかしい王女と
苦労性の従者をはじめとした愉快な仲間たちとの戦記冒険物語。
描写がほどほどにそっけなく、小説としてはすかすかだけれど
リプレイとしてはとてもさらりとよめる快適な作品。


アリアンロッド・リプレイ・ブレイド』シリーズ 全4冊
アリアンロッド・リプレイ・ブレイド(1)  サムライプリンセス   (富士見ドラゴン・ブック)
江戸時代の日本風、つまり時代劇調を舞台素材とした
「おんみつ姫」の勧善懲悪活人剣。
けなげな町娘を助けて悪代官と悪徳商人をこらしめるという
明解さと様式美がすがすがしい。


クトゥルフ神話TRPGリプレイ るるいえ』シリーズ 既刊5冊
クトゥルフ神話TRPGリプレイ るるいえあんてぃーく (ログインテーブルトークRPGシリーズ)
現代日本が舞台。クトゥルフ神話の神様が山場で出現して
登場人物たちの正気度をガリガリ削る、というとホラーのようだけれど
読んでいて怖さや気味悪さを感じる部分はあまりなく
ずっと上の方で紹介した『琉璃玉の耳輪』のような
怪奇幻想ミステリ風味なお話。
キャラクタがさほど突飛でなく、語り口も平素に飾りなく
クトゥルフ神話に興味がなくとも現代冒険ものとして楽しめます。



ライトノベル

「なんで自分は可愛い子が好きなくせに、自分の容姿には無頓着なの?
それでなんで好かれると思ってんの!?」
(1巻P110より引用)

まったくだ。
心から同意なのでこのサイト10年目にして初の強調字かつ文字最大。


ヒロインから「ごく普通の高校生」な主人公に向けての一言。
男子中高生向けのライトノベルレーベル富士見ファンタジア文庫
おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ!』より。
……。
ちなみに新人賞投稿時の題名は『スイーツガールはご機嫌ななめ』。
確かにそのままでは、と思うのもわからないではないけれども。


作品名はさておき、上の引用文は日本全国のライトノベルを読んでいる
中高生男子諸君によくよくかみ締めていただきたい、ですが
促されて自覚持つのはとても難しい。
現実目の前容姿整った同級生が言ってくれれば違うだろうけれどねえ。



『マカロン大好きな女の子がどうにかこうにか千年生き続けるお話。』
マカロン大好きな女の子がどうにかこうにか千年生き続けるお話。 (MF文庫J)
1巻完結。キャラクタはライトノベルふうみながら
演出は童話のような、ふわふわしたファンタジー形式のお話。
「童話」という分野の、大人が子供に向けて書いたような、
「ジュヴナイル」のような雰囲気はなく
形に捉われない登場人物の行動様式が独特の味わい。
こういう変わった作品に
売り上げはともかく出版の場を与えてくれるのだから
ライトノベルという場も目が離せないのです。


『姫狐の召使い』
姫狐の召使い (富士見ファンタジア文庫)
織田信奈の野望』(ISBN:9784797354508)と同作者の作品。全4巻。
戦国武将が大体みな女の子になってしまう作品を書いているのだから
分厚く色眼鏡掛けて見られるのは仕方ないけれど
物語の面白さの面で、優れた手腕持っている作者さんなので
コテコテの味付けが気にならないひとに、広く読まれて欲しい。
本作は『源氏物語』と安倍晴明など陰陽師周りを絡めた作品。
名前とか設定だけ借りてきたのではなく
きちんと素材背景を手ずから組立て脚色して
独自のお話を作り出しているだけでなく
ライトノベルという、中高生向け娯楽小説の場に合わせて
食べやすく調理されていて、
皮肉ではなく立派な商業作品と感心します。


ボイス坂
ボイス坂 〜あたし、たぶん声優向いてない〜 (ボイス坂シリーズ) (スーパーダッシュ文庫)
全2巻。
上の『姫狐の召使い』が職業作家の作品ならば
最初の『マカロン〜』や本作は全く逆。
構成まとまりのよさとか描写の妙や完成度などでなく
唯表現したいことを熱量勢いに一点突破な
名作ではなく、わずかな長所が大きく光る傑作の類。
主人公が声優をめざすという「らしい」題材、
中身も「アニメが好き」で「ちやほやされたい」だからだけで
人生賭けてしまえるごくごく普通さなのですが、
情念込めつつも、きちんと引いて見てもいられる。
俳優でなく声優を目指す狭さを自覚しつつ、熱意を表現できている。
どこが到着点という話でもないので
その果てしない坂を登り始めたばかりの2巻打ち切りが
残念ながら当然に題名で宣言されている通りに、
本来の読者には娯楽として受け入れはし難いのだろうけれど
記憶に残る作品。
同作者によるマンガ版(ISBN:9784087824872)も全1巻、
同じく打ち切り完結。
小説版を読んだ後に併せて読みたい。


『英国マザーグース物語』
英国マザーグース物語 婚約は事件の幕開け! (英国マザーグース物語シリーズ) (コバルト文庫)
全6巻。
ビクトリア朝ロンドンを舞台にしたコテコテの少女向けライトノベル
決められた婚約者に嫁ぐまでの一年間に限り、男装の新聞記者となって
失踪した父の謎を追う主人公を待つ事件の数々。
ファンタジー要素かけらもなく
本格的ミステリーでもなく
きちんと恋愛と謎の香りと冒険と舞台と時代の雰囲気で勝負する
まっとう、ゆえに希少な正統派少女小説
端整丁寧かつきちんと現在的にまとめられた良い作品です。
ヴィルヘルム二世の誰からも侮られる凡人ぶりが素敵。



『幽霊伯爵の花嫁』
幽霊伯爵の花嫁 (小学館ルルル文庫) 
全7巻。多作の作者は2013年だけで別シリーズ含め5冊の作品を出して
粗い仕上げが気になるものの、どれも水準以上に楽しませてくれますが
主人公に共通する特徴が、その作風を規定しています。

「私は今までやりたくないことをやったことはありませんし、やりたいことをやらなかったこともありません」
「弟子ならば何でも言うことをきくと思っているのですか? 私の支配者は私であって、あなたではないのです」
『鬼愛づる歌姫』P109より引用

聡明な少女という理想の一面を
ライトノベルらしく極端に誇張したキャラクタ造形。
例えば上の『英国マザーグース物語』主人公は
現在の読者にとって、より口当たり良く受け入れやすいよう
迷い戸惑って、家族や友人とパートナーの助けを受けてこそ
成長するように描かれます。
もちろん主人公にふさわしく、芯では果敢に決断することで
物語に決着をつける能力は持っている。
現実では、誰もが活躍に値する力を持つのでなく
誰かに頼って寄り掛かり、被われていくのが当たり前でありましょう。
少女として、少女向けライトノベルの主人公としては
相応に理想の魅力を備えた上で
そこにどこまで現実味を持たせ
現役の少女に受け入れられる程度によるのか。
そのあたり匙加減は
敵に勝利し栄誉を得ることで快適ならば
周囲の目はどうでも良い単純な男子と違うところかもしれません。
果実は天から落ちてくると限らないのだけれども。