2009年8月と9月の読書メモ

kodamatsukimi2009-09-30



・例によってメディアマーカーhttp://mediamarker.net/u/kodama/)のメモをもとに
 奇数月の月末に読書の感想をまとめて書く回。と書いたものの
 思い返せば前回はライトノベルサイト杯についてだけしか書いていなかった。

・それはそれとして今回は『このライトノベルがすごい』アンケートに投票。

ライトノベルBESTランキング ウェブアンケート」

 2009年度「ライトノベルBESTランキング」宝島社ウェブ・アンケート https://ssl.tkj.jp/form/lightnovel2010/

・『このミステリがすごい』の柳の下、いろいろ出している宝島社なのですが
 『このライトノベルがすごい』も数年前から出しており
 昨年は大いにガイド本としてお役立ちでありました。
 毎年なのか存じませんが、ウェブ上でアンケートを行っているので
 お世話になった御礼に投票させていただく次第。

・しかし図書カード\500を20名様に、とはまた微妙な額である。\5,000でなく\500。
 発送手続きの方が余程費用掛かるだろうに
 それでも謝礼を一応用意しておくべき慣習なのかしら。



・その1「あなたの好きなライトノベル作品・シリーズを5作品まで挙げてください」
 面白かったではなく「好きな」作品。むむむ難しい。
 このアンケートは次に出る『このライトノベルがすごい』のランキングに反映され
 投票の1位から5位までそれぞれ点数が付き、加算して順位を決める形式。
 1位は5位の5倍ランキングで有利。「好きな」作品という趣旨であるだけに悩ましい。


・とりあえず用意されている作品リスト(http://www.uranus.dti.ne.jp/~t-myst/lightnovel2010.htm)から
 「これは良い」と思う作品を選ぶと以下の通り。
 前回や(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20090731
 その前の(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20090131
 ライトノベルサイト杯への投票の項も参照。
 『人類は衰退しました』 ISBN:9784094510010
  最新刊が昨年12月ながら対象が先年10月から今年9月のため規定内。
  かなり昔ゆえにどういう内容か既に半ば忘れている。面白かった覚えがある。
 『君が僕を』 ISBN:9784094511451
  一方でこちらは今日読んだ作品。印象鮮明とても有利。
 『レディ・ガンナー』シリーズ ISBN:9784044231019
  最新刊がもうひとつだったのが減点。作品としては面白いのだけれども。
 『サクラダリセット』 ISBN:9784044743017
  乙一作品代替に良いかもしれないが、もう一作読みたいところ。
 『円環少女』 ISBN:9784044267032
  好き過ぎる。この趣旨から言って文句なしに対象。
 『翼の帰る処』 ISBN:9784344814660
  ノベルズ(文庫より大きくハードカバーより小さい)形式の小説群は
  値段と置く場所上、あまり読んでいないので他との比較ができないですが
  ライトノベルの中でも、もっとも真っ当にファンタジーしている作品。
  しかしこれがライトノベルならロイス・マクマスター・ビジョルド作品も
  ライトノベルである気がする。
 『アンゲルゼ』 ISBN:9784086011365
  波瀾万丈の冒険小説的少女小説ライトノベル
  作品リストには載っていないですが同作者の最新作『芙蓉千里』(ISBN:9784048739658)も同傾向。
  同作者を2作選ぶのは避けるため『芙蓉』は次巻以降を様子見か。
 『嘘つきは姫君のはじまり』 ISBN:9784086011662
  ライトノベル少女小説にしてミステリ。
  これも同ジャンルの比較対象が少ないですが、安定感高く安心して読めるシリーズ。
 『風の王国』 ISBN:9784086004350
  話をものすごく引き伸ばしている構成なのに面白いという変わった作品。
  まだ途中までしか読んでいないので投票がためらわれてしまうけれど一応挙げる。
 『戦う司書』シリーズ ISBN:9784086302579
  これも途中までしか読んでいない。
  1巻は恋愛要素を組み込んで重厚な構成が面白かったけれども
  以降は少年マンガ的でひねりが足りないかも。読んでいないけれども。
 『鉄球姫エミリー』 ISBN:9784086303750
  途中打ち切りのような形で完結してしまったのが残念。けれどおすすめ。
 『魔王さんちの勇者さま』 ISBN:9784199051920
  きれいにそつなく仕上がった作品。
  作者の力はわかるものの、方向性を知るためにもう一作読みたい感。
 『天涯の砦』 ISBN:9784150309459
  リストから並ぶ他と比較すると抜き出したくなるものの
  課題の人物描写が大分改善され、どうやらライトノベルから脱した模様。
 『耳刈ネルリ』シリーズ ISBN:9784757746473
  1巻は詰め込み過ぎで難あり。土台はしっかりしているので次巻以降が楽しみ。
  2巻までだとやや方向性不明瞭か。
 『生徒会の一存』シリーズ ISBN:9784829132524
  勢いで押すコメディ。小説でなく文章表現での『らきすた』のような作品。
  小説の一分野としてのライトノベルという範囲からはまた外れる位置にあり。
 『BLACK BLOOD BROTHERS』 ISBN:9784829116296
  比較対象として『流血女神伝』と対になるような作品。めでたく完結。
 『神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルシリーズ』ISBN:9784797350593
  作者の良いところが出ている短編連作。
  題材も主人公サリエルのキャラクターも興味深い。
 『らじかるエレメンツ』 ISBN:9784797347500
  最新刊1月。粗いところも多いが勢いあるコメディ。
  同作者の次作品『蒼海ガールズ』が出ているが、そちらはまだ様子見。
 『迷宮街クロニクル』 ISBN:9784797350623
  実はまだ読んでいない。完結したら読む予定。同人版は読んでいるので挙げる。
 『ナインの契約書』 ISBN:9784840124782
  最終巻はやや方向違ったが、読みやすく作者の次作品が楽しみ。今後次第。
 『原点回帰ウォーカーズ』 ISBN:9784840126342
  1巻と同人誌『みみっく』掲載の短編『ウタカイ』が
  奇想天外でとても面白かったのですが、2巻や最新作は雑で難。
  最初の2作は内容安定していたのに調子浮き沈みが激しい作者さんである。


・22作。多過ぎである。
 まず、『円環少女』はライトノベルに限らず今もっとも好きな作品なので確定。
 そして、最新刊まで読んでいないもの、次や今後に期待という作品は除く。
 すると残るは『衰退』『君が僕を』『翼の帰る処』『アンゲルゼ』『嘘姫』
 『エミリー』『生徒会』『BBB』『ダンサリエル』『迷宮街』。
 『サリエル』と『BBB』は同作者であり、好みから言うと『サリエル』なのだが
 瞬間風速でなく総合点と、完結ということで『BBB』を残す。
 『エミリー』は最後に不満あって印象悪いものの、完結しているので残したい。
 『衰退』『アンゲルゼ』は読み終えてから期間長いので困る。
 『生徒会』はこの中で方向性が違うので外すか、だからこそ残すかと迷う。
 『君が僕を』は明日になると評価が変わっている気がする。


・評価を5点満点で付けると
 『円環』SF(サイエンスファンタジー):5点/変態:5点 計10点
 『衰退』SF(すこしふしぎ):5点/パロディ:3点 計8点
 『君が僕を』恋愛小説:4点/新鮮:5点 計9点
 『翼の帰る処』ファンタジー:4点/ライトノベル:4点 計8点
 『アンゲルゼ』ライトノベル的熱血少女小説:5点/男の絶対領域:3点 計8点
 『嘘姫』ライトノベル少女小説:4点/ライトノベルでミステリ:3点 計7点
 『エミリー』戦記もの:4点/戦闘描写燃え:4点 計8点
 『生徒会』ライトノベル的コメディ形式:4点/ライトノベル:3点 計7点
 『BBB』少年向け疾走燃え小説:4点/賢者としなやか属性:4点 計8点
 『迷宮街』青春冒険小説:4点/Wizardry加点:3点 計7点

・なんだか「点」という字がゲシュタルト崩壊
 もとい、以上のように評価すると、1位『円環』2位『君が僕を』、
 同点3位『衰退』『翼の帰る処』『アンゲルゼ』『エミリー』『BBB』となりました。


・この個人的好みに加えて、点数つけて投票するというアンケートの趣旨を踏まえて
 投票は以下の通りに決定。
 1位『BLACK BLOOD BROTHERS
 2位『円環少女
 3位『鉄球姫絵エミリー』
 4位『翼の帰る処』
 5位『君が僕を』
 BLACK BLOOD BROTHERS11  ―ブラック・ブラッド・ブラザーズ 賢者転生― (富士見ファンタジア文庫) 円環少女  10 運命の螺旋 (角川スニーカー文庫) 鉄球王エミリー 鉄球姫エミリー第五幕 (鉄球姫エミリーシリーズ) (スーパーダッシュ文庫) 翼の帰る処〈2〉鏡の中の空〈下〉 (幻狼ファンタジアノベルス) 君が僕を~どうして空は青いの?~ (ガガガ文庫)

・『このライトノベルがすごい』に反映される投票をするからには
 応援する作品にできるだけ上に行って欲しい、というのが多分に含まれております。


・『BLACK BLOOD BROTHERS』は、外伝短編集含めて計17冊がめでたく完結。
 ライトノベルと呼ばれるジャンルが想定する中高生読者の多くが楽しめる内容。
 上でも書いたように、全体構成を眺めると不満点が目につくものの
 読み始めると純粋に物語を追うのが楽しく、読みとりやすく読みやすい、という意味で
 女子向けが『流血女神伝』、男子向けが『BLACK BLOOD BROTHERS』、
 というように並べて評価して良い作品と思います。
 めざせランキングBEST10入り。対象を問わず広く知られて欲しい作品です。


・『円環少女』は、文章、内容どちらもとてもひとを選ぶのですが
 楽しめないひとには徹底して駄目でも
 好きなひとにとっては作者の描く世界隅々までがたまらない。
 理屈が縦横の世界設定や粘着質な人物造形ともSFジャンルのそれ。
 Jコレクションの『あなたのための物語』(ISBN:9784152090621)での文章を
 ライトノベルという枠内で働かせるというところも凄い。
 ライトノベルとして読むだけでなく、ジャンルSF読者にも目を通して頂きたい作品。


・『鉄球姫エミリー』は、ここに並んだ作品のなかでも
 内容の良さに対してもっとも不遇な評価を受けているよう見受けられます。
 戦記ものとしてのお話としては堅実で、あまり驚くところはないですが
 戦闘のアクション描写を中心として、文章がムラなく美味。
 平均点の高い作品。この作者さんの次を読むため、もっとも売れて欲しい。


・『翼の帰る処』は、『アンゲルゼ』とどちらにするか迷ったものの
 固定読者が有ると思われる右に比較し、内容の割にまだ知られていないことから。
 早川や創元の海外ファンタジーの定番に対して新鮮な驚きは感じられませんが
 ライトノベル的なものを意識したキャラクターの魅力がわかりやすく
 読みやすく入りやすいファンタジーとしておすすめです。
 大きな欠点のない安定した内容。
 既刊4巻、さらに今後の続巻でお話がどのようになるかが楽しみな作品。


・『君が僕を』は、何しろ読んだのが今日。印象深さが他と段違いに有利。
 文章がいわゆる文芸、げいじゅつでなく文章芸、のかおりがややしながら
 完成度が高いかというと疑問であるところが評価わかれるところ。
 率直にいって駄目だと思いますが
 レトリックを前面に出したやりとりで恋愛小説を書く、
 でありながらライトノベルを読む大学生以下ほどの低年齢を意識した内容が新鮮。
 題材が面白い。そういう作品です。
 ライトノベルか、といわれると違う気がしますが
 こういう作品を含むのが、ライトノベルと言われている分野の面白さでもあります。



・その2「あなたの好きな(もしくは印象的な)女性キャラクターを3名挙げてください」
 その3「あなたの好きな(もしくは印象的な)男性キャラクターを3名挙げてください」
 こちらも順位付き。
 読者と相似弦で結ばれるケイツ、アトランチス人のO・ジモリー
 暗黒女子高生きずな、サドと定義されるメインヒロインと、
 赴くままに挙げると皆『円環少女』の登場人物になるので、それは禁止。
 ただ男性は2人しか思い浮かばなかったのでケイツを入れようかとかなり悩みました。

 BLACK BLOOD BROTHERS〈S5〉ブラック・ブラッド・ブラザーズ短編集 (富士見ファンタジア文庫) 風の王国 (風の王国シリーズ) (コバルト文庫) 人類は衰退しました 4 (ガガガ文庫)

・女性1位「賢者アリス・イヴ(『BLACK BLOOD BROTHERS』)」
 アリスというキャラクターというより、賢者という「仕組み」として。
 なので男性版でも良いわけですが、賢者状態での出番量から女性版を。
 細かい理由は前回の『BBB』感想を参照ください。

・女性2位「翠蘭(風の王国)」
 『BBB』の葛城ミミコは、お話の展開を受けて、それを無い能力でありながら
 「しなやかに」受け流して、解決するのでなく打開する手段をつくりだす、
 という立ち位置が、上の「賢者」同様に、「しなやか」属性として面白い。
 『流血女神伝』のカリエも同じような働きを作品に対してします。
 『魔王さんちの勇者さま』が典型としてわかりやすいか。
 『風の王国』の翠蘭は「しなやか」とはまた違う。
 前々回あたりに『嘘姫』のところで書きましたが
 展開を打開しようと働きかけないところが異なる。唯真っ当正しく選択行動するのみ。
 そういう独自の働きが面白い。
 書いていて『ガンパレードマーチ』の「人類の決戦存在」というのを思い出しましたが
 このどれも「決戦」とは違って、当然ながらいろいろあるものでございます。

・女性3位「調停官(人類は衰退しました)」
 上2名に対する比較として。
 こちらは視点人物であり、お話を進行させる存在であり、驚くべきところありませんが
 何かが起きて、それに対応するのでなく
 この人物が世界を観察することで物語が発生するという、
 主人公人物としてまったく異なる対比が面白いところ。


 嘘つきは姫君のはじまり 恋する後宮 平安ロマンティック・ミステリー (嘘つきは姫君のはじまりシリーズ) (コバルト文庫) 神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルと白銀の虎 (GA文庫)

・男性1位「次郎君(嘘つきは姫君の始まり)」
 天然タラシ。馨子さまがヒーローなら次郎君はお話の中心となるメインヒロイン。
 蛍の宮など普通の少女小説ヒーローが用意されているだけに
 タラシでありながら、悪役でも嫌味もない次郎君の特異なキャラクターが際立ちます。
 『風の王国』のソンツェン・ガムポ同様、史実解釈の面からも興味深い。

・男性2位「ダン・サリエル神曲奏界ポリフォニカ ダン・サリエルシリーズ)」
 ライトノベルの男性主人公ながら、自身で音楽家として生計を立てており
 社会的名声も既に獲得しているという、なかなかない設定の主人公。
 精霊のモモやアマディアといったヒロインの力を借りなくとも、
 自身だけで物語を作っていけるキャラクターという、他にない設定の主人公。
 それをライトノベルという形式で書いているのが、この作品の面白さであり
 成り立たせるのがサリエルのキャラクターという魅力であります。
 表紙では目立っていませんが。

  

・その4「あなたの好きなイラストレーターを3名挙げてください」
 無理。思いつかない。部屋中ひっくり返したが挙げられない。のでなし。

6月から9月までの読書感想

・いつものことですが、メディアマーカーhttp://mediamarker.net/u/kodama/)の
 メモをもとに、特に取り上げたい作品について書いたもの。
 当然メモからのコピーもあり、また読後直後とは感想が変わってくるものもあり。

・今回は6月からの4ヵ月分也。マンガも含むとはいえ130冊以上あるわけなのですが。


 

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)

・もとはベニ―松山さんと同じようにWizardry小説を書いており
 『アラビアの夜の種族』が推理作家協会賞とSF大賞というよくわからない受賞で
 評価された方ですが
 ファンタジーな舞台を書かれる方であります。
 いわゆる中世ヨーロッパ風で魔法とかがある「ファンタジー」ではなく
 空想、幻想小説。舞台を含めた物語の想像。

・本作の主役は犬。軍用犬。『アラビア』と同じようにある軍用犬たちの血統、子孫達と
 それに関わる人間達のありさまを、想像力たくましく描く作品。
 魔法は出てこないし、犬が人語を解したりもしませんが
 こうあり得たかもしれないが、知ることが出来ない話を、知ることができる小説。
 これぞ確かに空想小説。ファンタジーです。
 この作品が何を書こうとしているのか、というならば、それは現実。
 しかしノンフィクション「つくりがない」小説であるなら、
 それすなわち現実ではない。
 空想の中にだけこそありうる現実がある。


 

漱石の思い出 (文春文庫)

漱石の思い出 (文春文庫)

・1928年(昭和3年)、80年前に書かれた夏目漱石夫人による回想録。
 作家夏目漱石を夫人の立場から観察した記録として興味を持ったのですが
 むしろ、明治を生きた女性が夫を語った記録として面白い作品。
 著名な業績を残したひとを対象にしているとはいえ、
 これだけ夫について、あるいは妻について語ることがあり、できるひとが
 過去も80年後の今もどれだけいるだろうか。
 2人の夫婦としての関わり自体が魅力的であります。

・ついでに面白い記述があったので以下引用。
 書かれた20年ほど前の、漱石存命中のあるひとこま。

「俺は昨日また野間と二人で神田の方を歩いて、飯時になったから牛肉屋に入ると、隣の客が噂しあってるのが、おれの知ってるやつの話だ。きいているといかにもウンデレでね」
と夏目(引用注:鏡子夫人からみた漱石のこと)が話します。
そこで寺田さん(引用注:漱石の友人、物理学者、寺田寅彦氏)が、
「人間ウンデレに限りますよ。何でも細君のいうことをウンウンと聞いてやって、そうしてデレデレしていればこれに越したことはないじゃありませんか。ウンデレでなけりゃ夫婦喧嘩の絶え間がないわけでしょう」
で、夏目もそれはそうだなといったぐあいにいやいや賛成しているといったものでした。
(P164より引用)

・「何々デレ」ということばは100年前からあったの記録。日本語奥が深い。


 

三銃士 (上巻) (角川文庫)

三銃士 (上巻) (角川文庫)

・有名作品ではありますが、子供向けに翻案したものを読んだことしかなかったので
 中身の違いに驚き。
 時代と文化を超えて読み継がれる作品だけにさすがの内容です。
 
・題材筋書きはライトノベルに分類されるようなわかりやすいものでありながら
 見せ場の選択、人物造形の採り方、構成がとにかく上手い。
 キャラクター、登場人物が、けっして強く奇抜な能力外見立場個性を
 与えられているわけではないのに
 どれもが事件に対応して魅力的であり
 また主人公ダルタニャンのみが、物語に取り残されて成長していく収束も素晴らしい。

・実に唸らされる内容。多くのエンタテイメント志向小説に真似して欲しいものです。


 シャングリ・ラ 上 (角川文庫) シャングリ・ラ 下 (角川文庫)

・上で『ベルガ』を褒めて置いてなんですが、法螺の吹きぶりはこちらが上。
 狭いながらも溢れかえる想像の飛び様が凄すぎる。
 ただ小説としてはさっぱりよろしくない。荒唐無稽意味不明。
 なんだかしらんが凄い自信だ。勢い命のファンタジー作品です。

・むしろマンガ版のほうが、小説で読むよりこの世界を味わうのに良いのかもしれない。
 巻末解説によると次回作は読めるそうなのですが
 このキャラクター造形を制御できるようになったとするなら凄いことだ。
  

 花物語 下 (河出文庫 よ 9-2) 花物語 上 (河出文庫 よ 9-1)

・『クララ白書』『アグネス白書』の主人公「しーの」が作中で愛読していた
 吉屋信子先生の少女小説がこれであります。
 しーのよ、お前はなんて趣味が古いのだ。

1920年ごろ、大正末から昭和初期に書かれた少女小説短編集。
 確かに少女小説なのですが、家族間の愛情や同性の友人との友情はあっても
 異性との恋愛はない。
 恋愛がない少女小説は現代でおそらくありえない。
 けれどくすぐり、感傷を誘うつくりは確かに今と変わらないもの。
 少女小説としての伝統というより少女マンガを介して伝えられたものか
 それとも少女とはそういうものなのか。
 今は恋愛以外の感傷を必要としていないかのように見えるのは周囲の環境ゆえなのか。

・独特の修飾で綴られた、かくありたしという美意識で出来ている本作の文章は
 『なんて素敵にジャパネスク』などが作り出したライトノベル少女小説ではなく
 本来の意味の少女小説が志向するものであり
 その対象は少女より上の世代であるのかもしれない。
 少女の定義がよくわからないけれども。


 

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

・上で好き好き書いている『円環少女』の長谷せんせが書いたガチハードSF。
 『円環』とは違い、キャラクタや燃えや萌えといったエンタテイメント、
 読み物の面白さを、意図的に削っている種類の作品。 

・余命の限られた中で死に向かってひたすら執拗にあがく物語。
 死とはなにか、人間とはなにか、そこにある物語とはなにかについて。
 書きたいように書いているわけではなく、死とは違ってきちんと完結している物語。
 SFという狭いジャンルは、読者が自身のマイノリティをアイデンティティにしているが
 かといって閉じた読みづらい小説をだから褒めそやすわけではない。
 狭いからこそ、それをどう表現するか、変な深みがある。

・『円環少女』同様、会話文に地の文がのるこの作者の文ですら
 SFとしてみるなら可読性は高かったりする。
 『円環』ファンなので比較困難ながら、SFとしても大変面白い作品であります。


 

・「ゆで理論」と読者から馬鹿にされつつも愛されている作者の自伝。
 本宮ひろ志せんせい系列の天然ジャンプマンガ家に連なる系譜。
 幼少時から家族のことまでかなり詳しい半生記で、反面近年の描写は少ない内容。

・現時点でゆでたまごは『キン肉マン』一作のマンガ家であることは
 作品の質に関わりなく、売上でもなく、多数読者の多数の記憶で定義されます。
 表現作品というものは声の大きさで決まり、それを受け取る読者の数で決まる。
 そうであることは悪でもなんでもなく、そういうものもあり得てある。


 

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)

・作者がどういうように小説を読みとっているかの解説本。
 元が英語での講義をまとめたものだけにか横文字ことばを使うところは多いものの
 ぶんがくというもののとてもわかりやすい評価素材。
 少なくとも作者の小説を読むよりは理解した気になれるのだけれども
 それこそ作者によって否定されそうである。

「僕らはその小説を書き上げ、「これは現実じゃありません。でも現実じゃないという事実によって、それはより現実的であり、より切実なのです」と言うことができます。
そしてそのような工程を通して初めて、それを受け取る側も(つまり読者も)、自分の抱えている現実の証言をそのファンタジーに付託することができるわけです。
言い換えれば幻想を共有することができるのです。
それが要するに物語の力だと僕は思っています。
               (P101より引用)