ドラゴンクエスト10

前回も感想を書いたけれど、その後もずっと遊んでいた分、
もう一段感想を書いておきたい。数ヵ月分のもとをとりたい。
なお前回どんな内容を書いたか忘れたし
読み返すとか恐ろしいことも出来ないので
同じことを繰り返したりまったく逆のことを書いていても
ああこのひとってそういうひとなのね。無定見。いつものこと。

 


さて、『ドラクエ10』はオンラインRPGである。
オンラインRPGの中でも「本格的な」に分類され
常にネットにつないでいないと遊べない種のそれである。
PS4とかのトロフィー履歴を見て
だいたいみんなが取ってるのは取らないと
そのゲームを遊んだと言えない感あるものだが、
それもまたオンラインゲームと判定すれば、
今やオンラインでない方が特殊なゲーム、などと妄言できる。

そういうようにこじつけてオンラインゲームを分類するなら
以下の3段階である。

1.一人用
2.対戦
3.「本格的な」オンラインRPG

1.の2.3.との違いは「同時に遊ぶ必要がない」点。
古典的にはアクションゲームのスコアランキングであり
現在的にはプレイ動画を公開の場に上げるのも
『マインクラフト』で作ったのを他の人に見てもらうのもそう。
2.は「オンラインで一緒に遊ぶゲーム」のほとんど全て。
そして3.が、『ドラクエ10』とか『FF11』『FF14』にあたるわけだが、
では2.と3.はどう違うのか、というと難しい。


ゲームのできあがりから分類してみるならば、
RPGにおいて、街から街、街から迷宮をつなぐ山川平原が広大に用意され、
そこを多数のプレイヤーが移動したり、互いに会話したり戦ったり、
敵と協力して戦えたりするところが差別化する特徴である。
もうひとつ言えるのは、
ゲームルールとして敵を倒すことや勝ち負けをつけることが
唯一の目的として設定されていないところ。

街と街の間に、探索する迷宮の他にも
舞台世界の広がりを感じさせる意味しかないような場所が
無駄とも思えるほど大量に用意されているという事は、
そこで遊ぶことにとって2.とどう違うのか。
街と迷宮と戦闘だけで完結するゲームとどう違うか。
実際、2.に分類されるものでも3.に分類されることのほとんど全てできる。
ただ舞台として街と迷宮の間に山川平原がないだけで、
できるが、必要ないのでしないだけ。

しかしそれでも3.は、RPGを好きなひとにとっては
区別したいものだというのもわかるのである。
車を運転するゲームで、
コースから見えるコースの外も走ってみたいという欲求。
日の差さない迷宮の暗闇にも、
わずかない言葉の断片を手がかりとして舞台世界を創造する欲求。
秩序だっておらず無駄がほとんどで意味を持たない必要のないもの。
しかしそれが在ることが要るゲームもあるのだ。


RPGとはなんだろう。
その最初は、つまりTRPGにあるような、
ゲームルールの場における人間同士の会話が
即興で作り出す物語の面白さだ。

もちろんこれは2.でもできる。
モンスターハンター』でも『PSO』でもできるし
オンライン『ウィザードリィ』、『ディアブロ』ができるなら
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』ができるのと同じではないかと言える。

それでも『ウルティマオンライン』などをみて
「本格的な」RPGがこれから作られようとした初期に、
「これからのRPGはすべてオンラインになる」ということばが出たのは
RPGが『ウィザードリィ』だけではなく
TRPGが、RPGの舞台がダンジョンを探索して敵を倒すことだけでなく
外に出て、街と街の間を移動する過程にも
楽しいゲーム体験を生み出すことがあることを知っていたからである。

敵を倒すこと、プレイヤー間でルールに則り
あるいは協力し合いながら競技を行って勝ち負けをつけなくとも、
ただ会話しているだけでも面白い物語は創出されるし、
ゲームとして楽しいことを知っているからだ。
昔から表現したかった、TRPG以上の広大に拡がるRPGがオンライン越しならできる、
なぜならTRPG以上に多数のプレイヤーと同じ舞台を共にできるのだから。
その夢の実現に立ち会えた熱意。


ドラクエ10』もこれらの実現を意識してつくられ、
したがって明らかに3.に分類される作品である。
ゲームの歴史に沿って言うなら、
パソコンと英語の高い壁を越えて、
『FF』よりもさらに全年齢に向け開かれた『ドラクエ』でこれを行い、
シリーズの名に恥じぬ内容をもって成功を為し、
こういう種類のゲームの面白さを幅広く普及させた偉大な作品と言える。
というようなことを稼働開始7年後に
数か月遊んだ新米にしたり顔で言われても
先行の先輩方にとっては何を今更であろうけれども。

3.のようなゲームは2.と違って競技の区切りがついて終わることが無い。
ゲームのそとのようにプレイヤー同士の関係は社会性をなして
そこに人生を感じることができる。
ゲームとして勝ち負けを越えた楽しさを持つことは異常な没入感を産む。
正確に応答する計算機よりも、
性能に劣る面も多い対人相手に競争する方が楽しいのは
その向こうに簡潔な計算式ではない、
誤りも正しさも含む、無限の奥行と広がり持つ世界が応答するからだ。
ルールに則して競うだけない。協力するだけでもない。
こちらの対応と向こうの応答とまた別の応えとが、
ルールを越えてゲームを作る。舞台となるゲームは遊ぶ場所を提供するだけなのだ。


「まだ見ぬ僕らの王国へ!砂漠を駆け抜けろ!」
初めてドルワーム王国に行った時の思い出。
恐ろしいモンスターを横目にドワーフ20数名でゴブル砂漠を駆け抜けた。私は僧侶だったので「ザオできます!」と自信を持って発言していた。新しい町に行く時ってドキドキしますよね。
テーマ:1年間の思い出
投稿者:ガンバさん
ドラクエ10』公式サイト「ドラゴンクエストX展覧会」(https://www.dqx.jp/Xrankai/photo/ver01.html)より

 


ドラクエ10』は多数のプレイヤーが同じ舞台で協力しあって
いままでの「ドラクエ」を遊べるゲームなわけである。
しかしながら1人でも遊べる。
これを書いているひとはほぼひとりでしか遊んでいない。
つまり上に書いたような
製作者が意図したであろう楽しさのひとつとはほぼ無縁であるわけだが
それでもなかなか面白かった。
もちろんそれは製作側が1人で遊んでも楽しめるように作っていたからで
ドラクエ』がオンライン専用になるという時に
より幅広い層に向けて、こういうオンラインゲームの面白さに
近づく機会を与えたいからだったろう。
仲間と組むことを前提として作ることと
どちらが正しかったか分かることはないが、
この方針でもひとつの成果を挙げたと言える。


ドラクエ10』は現在稼働7年目で、
PS4Windows、スイッチ、WiiU3DSスマートフォンで遊ぶことができる。
最初に出たのはUの付かないWii版なのだが現在は遊べない。
現在version4まで進んでおり2019年内にversion5が出る見込み。
version4までが含まれたオールインワンパッケージが¥3000ほどで購入でき
月額課金は機種により異なり¥1000~¥1600ほど。
また毎日2時間の無料時間「キッズタイム」があり、
この時間内に遊ぶ分には月額課金不要。永久無料。
スイッチ版以外は体験版でかなり、具体的にはversion1部分、
つまり全体の1/4ほどが遊べるのでお試しあれ。


で、なぜ1人で遊べるかというと、
他のプレイヤーキャラを酒場で「サポート仲間」として雇えるからである。
もちろん会話はできない。アイテムやゴールドのやりとりもできない。
レベルや能力値や装備は、他のプレイヤーが育てたそのまま。
装備を引っぺがして錬金術はできない。どういう能力が見られるだけ。
つまり上の上の方に書いた分類の1.ということである。
この「サポート仲間」は他の「ドラクエ」同様「さくせん」に沿って戦ってくれる。
ただし「めいれいさせろ」はない。
そして自分のキャラクターは常に「めいれいさせろ」状態で
「さくせん」に沿って自動で戦えない。さすがのこまかいこだわりである。

他のプレイヤーが操作しているキャラクターとは、当然会話もできるし
ゲーム内お金のやりとりもできる。
アイテムもお話進行に関わるものなどは当然制限があり、
入手に多くの手間かかるようなものも制限ついていたりするが、可能。
酒場で雇えるサポート仲間はプレイヤーのレベルによりレベル上限があり
同じ程度の強さしか雇えない。
プレイヤーキャラならこの制限はないが、当然相手の同意が必要である。


さて、1人で遊べるとして、ではその何が面白いかというと
7年経っているのでさくさく進めるからである。
きょうはじめた初心者が、
7年遊んでいる先行プレイヤーに永遠に追いつけないのでは
同じゲームを遊んでいながらいつまでも共に遊ぶことができない。
だからあとから始めるほど強くなる早さが優遇されている。
ものすごい速度でレベルがあがり、強くなり、高価な武器防具が揃う。
お話もがんがんこなせてこなしきれないほどである。
7年間かけて順を追い徐々に広げられてきた舞台が、
いきなり一望のもとに開けているのだ。それを一息に引き寄せられるのだ。
これは楽しい。これが楽しくなければRPGとしておかしい。
この部分の快感はとても強く、
いわゆる記憶を消して最初から遊び直したい類の
生涯一度しか味わえない楽しさだ。

したがって、よほどRPGが、ドラクエRPGが合わないのでなければ
ドラクエ10』を今から始めるのはすごく楽しいはずである。
むしろすでに遊んでいる高レベルのプレイヤーに手を引かれて、
あるいは攻略サイト片目に効率よく遊ぼうとすると
あまりにも早く進められすぎる。
そんなことしなくとも、既に十分過ぎるほど効率極まっているのだ。
ぜひともある程度は、具体的にはversion2をクリアする部分くらいまでは
オンラインRPGだけど1人で、そして攻略サイトをみずに楽しんで欲しい。
これはちょっとふつうの他のRPGでは体験できないゲームのつくりだ。
すごい楽しい。記憶消してもう一度遊びたい。


ドラクエ11』は、良くできていたか、というと良くできていたし
欠点はどこでどういうように直せばよいか、というとまことに難しい。
仲間はあんなに大勢いらなかったのでは。
でも戦闘の幅をもたせるには止むを得ないか。
あいかわらず世界が主人公のためにできすぎなのでは。
では通過するだけが最高効率の益亡き舞台が今の何倍も広いほうが良いのか。
まったくわからない。でもあんまり繰り返し遊ぶ気になれなかった。

繰り返し遊ぶ気になること、
あるいはそのゲームにいつまでも触れていたい意欲が
良くできていることと比例するのではないが
お話を追うための段取りをこなす過程が、隙なく、遊び少なく
終始一貫積み重ねられていることが息苦しく感じてしまう。
でも過去の自身が高く思い入れもって評価しているRPGはそうでないのか。
いま、記憶を消して過去に遊んだ最高のゲームがここにあったとき
それは『ドラクエ11』とどう違うか。
たぶん遊んだ時期次第なのだ。思い入れである。

しかしながら7年目の『ドラクエ10』はたいそう楽しめた。
すごい早さで強くなり、次々に世界が広がり手早く事件をこなし突き進む。
ドラクエ11』より楽しい。
いろいろすっとばして高速に処理できている感が楽しい。
けれど、レベルがどんどん上がっていき
だんだん先行しているかたがたに追いついてくると
次第に当然、進行速度もやっぱり少しづつ落ち着いてくるわけである。

なかなかレベルが上がらなくなる。あんまりこの前と強さが変わらない。
敵を倒すにも苦労するようになる。
いや、そこまでまったく苦労しなかったわけではなく
ちゃんと、というのも変だが何度も全滅しており
けれど別のイベントをいくつかこなして鍛えて再挑戦すれば
倒せるようになっていたのが、
別のイベント、できることの選択肢がだんだんなくなってきて
レベルもあがらなくなってきて、装備の更新も誤差になってきて
そうすると仲間の職業選定とか戦闘時の戦術組立とかになってきて
ちゃんとRPGしてる風になってくるわけだが
つまり普通のいつもの良くできたRPGの「ドラクエ」になってくる。

果たして「ドラクエ」の面白さとは何なのか。
ドラクエ」のようなRPGとは何が楽しいのか。
わかりやすく入りやすく、テンポよく進めやすく、
適度に苦労が必要で達成感があり、
誰にとっても上質に思える出来ばえの心地良さがある。
そういった良くできていることが、良いRPGなのだろうか。


7年前から遊んでいる方々は、それこそ毎日のように何時間も遊んで
ゲーム内のありとあらゆる要素を遊び尽くしているわけである。
普通のいつもの「ドラクエ」のような部分は
バージョンアップの直後に消化してしまい、
毎日やることない新要素はやく、とボヤキながらも
そこで知り合いと遊んでいて楽しいので遊んでいる。
ゲーム開始当初はなかった課金要素も現在は取り入れられており
戦闘の強さに関わるものではなく
主に見た目の変化や、ゲーム内に持てる自分の家を飾るものを購入できる。
そういうもので仲間と遊ぶのだ。
それで遊べるから7年間にversion4までしか進んでいない、
いわゆる普通のRPGのおおよそだいたいおおむね4つくらい分のお話しでも
今も楽しめているのである。


version2までの普通のRPGの部分は、勇者が出てきて、それを助けて、
魔王を倒して世界を救うといういつもの「ドラクエ」で出来ている。
そこまでを普通のRPGでは出来ないような高速でこなすのは楽しい。
そこからが、そこでいつまでも遊んでいたいと思わせられるかが
「本格的な」オンラインRPGである『ドラゴンクエスト10』の
あるいは素の身かもしれない。
数か月しか遊んでいない身からも、7年目の『ドラクエ10』は、
夢中で遊ばせる要素もある一方で、明らかに失敗している部分も見える。
これは定期的にバージョンアップし続け、付け加え続け、手を入れ続け、
遂にサービス終了の時がくるまでの歴史の中の、
どの部分からどこまでを遊んでいたか、
ひとによってさまざま変わるところだろう。
出会いの機会は一期一会。
いつ触れるか、何の次に、どれの前に機会があるかで、
その作品の出来栄えと正しく比例せず、自身の中の価値は変わる。

 


もうひとつ面白いと思ったのが、NPC
誰も操作していない街で暮らす人たちの扱いである。
普通のRPGでは自分と仲間以外はみなそれなのだが、
この種のRPGでは大勢の主人公が自分の他にも多数いて、
彼らは自分とその仲間だけでなく、
他の主人公とその御一行の相手もしなくてはならないのである。
これは全てのこの世界で暮らしている人々に共通の鉄則であり
名もなき村人の立場であろうが、
数多存在する主人公どもより貴重で偉いはずである伝説の勇者であろうとも
変わらず従わなければならない。
昼も夜も彼らは同じ場所で、無数の主人公相手に同じ話をし続ける。
移動してはいけないのである。
なぜなら他の主人公が同じように話を進められなくては困るから。
寝てはいけないのである。サービス開始から世界終焉のその時まで。
お話の進行に伴い魔物に襲われて街が滅びたりしない。
いつでもいつまでも後から来る可能性のある主人公のため
同じ状態を維持し続けなければならないのだ。


思えばゲームに登場させられる彼らも辛い立場である。
主人公がどんなひとだろうが、
同じ行動には同じ態度で接しなければならない。
ゲームだから当たり前ではある。そういうものなのだ。
ムジュラの仮面』の「クロックタウン」のようにはいかない。
その世界で遊んでいるひとの邪魔をせず、その楽しみを助けるために在り、
無意味であってもよろしくなく、最後まで一切の自由はない。


ドラクエ10』は、表面上、いつもの「ドラクエ」のように作られている。
1人で普通のRPGを遊べるようにも遊べ、
「本格的な」オンラインRPGのようにも遊べて
いつものように、この町は何というところで、
どういうことが起こりそうなところか説明し、
それしかしないよう街の人は在る。


これを進化、ゲームとして一歩すすめて改善するとしたら
どうしたらよいのだろうか。
まるでそこで本当に生きて暮らしているかのように、
様々な行動を採る方が自然で現実味あって高踏であろうか。
主人公にちょっとした頼み事をすることがあるかもしれない。
その結果で彼らの生活にも変化が生じ、
その小が大に転じて大きな物語をつくるかもしれない。
いままでのように一から全てを設定してあげなくとも
自動生成して物語舞台を構築できるようになるかもしれない。
でも1人用RPGならそれはできても
「本格的な」オンラインRPGでは、それは出来ないのだ。


真に本当らしいRPGであることと、
多数の主人公が同列に存在することを許容できることを並立させること。
TRPGにはできるがコンピューターオンラインRPGには至難である。
技術でも采配でも如何ともし難い袋小路。
閉じた世界を無限に開くように遊ぼうとすることが神をも畏れぬ傲慢なのか。
而して現在のRPGは今この地点に立つわけである。